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公式ブログ 吉岡毅弁護士の記事

美麗島駅の魔術師(弁護士吉岡毅)

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独立のご挨拶

弁護士 吉岡 毅

 

皆様,いつもお世話になっております。

 

日頃お世話になっている皆様には,既にお手元にご案内が届いているかと存じますが,あらためて,弁護士吉岡毅の独立についてお知らせいたします。

 

わたしは,2017年3月27日をもって,北浦和に『アネモネ法律事務所』を新たに開き,浦和法律事務所から独立いたします。

 

 

2005年に弁護士となって以来,その第一日目から今日まで11年半の間ずっと,この浦和法律事務所で執務してきました。

その間,毎日たくさんの依頼者・相談者の皆様とお話させていただき,多種多様な事件や裁判と向き合い,日々成長することが出来たことを実感しています。これまでにわたしが法律相談を受けた累計件数は,優に2000件を超えました。

 

また,何よりも素晴らしい弁護士と事務局の仲間たちに囲まれ,いつも楽しく仕事に励み,あるいは,ときに厳しく,事務所を支える経営者弁護士の一人として困難な経営課題に向き合ってきました。

 

弁護士としての我がふるさとである浦和法律事務所を離れることは,心寂しくもありますが,一方で,11年半の時をかけてもいまだ果たせていない弁護士としての目標や夢を,『アネモネ法律事務所』において実現すべく,決意を新たにしています。

 

 

アネモネは,ギリシャ語で「風(アネモス)の花」を意味する名前です。

そして,ギリシャ語の「風(アネモス)」は,ラテン語の「息・心・生命・魂(アニマ)」と「意志(アニムス)」の語源でもあります。

アネモネは,意志と生命の風を吹き込まれた特別な花なのです。

 

また,アネモネにつけられた花言葉の中には,“真実”と“希望”という二つの言葉があります。

わたしは,“真実”を探し求めること,“真実”に“希望”を見出すことこそ,法的正義の理想形のひとつだと考えています。

そして,“正義を求めること”は,わたしが自らに課す弁護士としての「3つのルール」の柱のひとつなのです。

 

『アネモネ法律事務所』では,“真実を希望に”を合い言葉に,皆様と一緒に笑い合えるような,「あなたの弁護士」を目指します。

 

 

アネモネ法律事務所は,JR京浜東北線北浦和駅西口から徒歩1分です。

また,国道17号(中山道)からも徒歩30秒です。

浦和法律事務所以上に駅至近となりますので,皆様にとって,さらに身近な法律事務所になっていくことを願っております。

 

新事務所はこちらになります。

詳細については,以下のリンク先のホームページをご覧ください。

 

アネモネ法律事務所

〒330-0074

さいたま市浦和区北浦和4-2-7 中村第二ビル4F

TEL: 048-815-6622 / FAX: 048-815-6633

https://www.anemone-law.com

 

今後とも,よろしくお願いいたします。

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刑事訴訟法の改正にどう立ち向かうか!?

弁護士 吉岡 毅

 

本日,「改正刑訴法全国一斉研修会」の講師をすることになっています。(どうも今年は講義・講演が比較的多い年のようです。なお, 主な講演等の実績についてはコチラ をご覧ください。)

今日の研修会では,2016年5月24日に成立した「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」について講義します。


2009年に起こった厚生労働省の村木さんのえん罪事件(障がい者郵便制度悪用事件)を出発点として,過酷な取調べの実態や検察の腐敗が次々と明らかになり,取り調べの可視化(録音・録画)を実現するための特別部会が設置されました。
ところが,その特別部会では,警察も検察も(それを陰日向に支える裁判所も),日本の取調べが虚偽自白とえん罪を大量生産している現実から目を背け,可視化に強く抵抗し続けました。それどころか,国民からの捜査の適正化の求めを無視して,司法取引の導入や通信傍受(盗聴)の拡大など,捜査権限の大幅強化を声高に主張し続けました。

 

その結果,先に成立した改正刑事訴訟法では,捜査権限の拡大強化と引き替えに(抱き合わせで),裁判員裁判対象事件など一部の事件についてだけ取調べの可視化が定められることとなったのです。

 

……これは極めて残念な結果ですが,可視化による取調べの適正化という目的に限って言えば,「半歩前進」であるのも事実です。
この改正刑訴法に,全国の刑事弁護人たちがどのように対応していくか?
その日々の実践がきっかけとなって,今後の日本の刑事司法・刑事弁護を大きく変えていくかもしれないのです。

 


そこで,日弁連刑事弁護センターは,今回の研修会のために特別に養成した講師陣(私を含む)を全国各地に派遣し,刑事弁護人として活動する日本中のすべての弁護士を対象に,各地で一斉に,ほぼ同内容の研修を開催することにしました。
埼玉弁護士会には,私ともうお一人(仙台の先生)が担当講師として派遣されており,それが本日開催の研修会というわけです。
まあ,日弁連から講師派遣されたと言っても,私の場合,研修会場は事務所の近所のホールなので,歩いてすぐですが……。

 


ちなみに,弁護士業界内のイメージ調査(?)によると,埼玉は,刑事弁護に熱心な弁護士が多い土地柄と考えられているようです。
本日の参加者は100名弱の予定と聞いておりますが,埼玉で刑事弁護に携わる弁護士の人数からすると,やや少ない印象です。

 

もっとも,改正刑訴法の研修は,今後も引き続き何度も行われます。
弁護士は,いつでも日々勉強,いつまでも日々研鑽です。
我らが埼玉の刑事弁護人仲間たちが,揃って改正刑訴法のエキスパートとなる日も,そう遠くないことでしょう。

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弁護士殺害事件から考える犯罪被害者と報道

弁護士 吉岡 毅

 

先日,秋田県(秋田キャッスルホテル)で開催された「第18回犯罪被害者支援全国経験交流集会」に参加しました。


前回は今年の1月に金沢で開催されており,私はその際にも出席しています。そのご報告は,こちら( 弁護士吉岡毅の法律夜話 「寄り添う心と支援の距離感」 )を参照ください。
基本的には年1回の開催なのですが,先の金沢での開催がいつもの時期より少し遅かったらしく,今年は年2回開催になっています。

 

 

 

今回のメインテーマは,秋田市で発生した「弁護士殺害事件」についての特別報告と,犯罪被害者に関する報道についての検討会です。

 

秋田の弁護士殺害事件は,ご記憶の方も多いと思います。
元妻の代理人であった弁護士が,相手方となっていた元夫に殺されてしまったという痛ましい事件です。そして,ただ痛ましいというだけではない出来事が,そこにありました。

 


犯人の元夫は,弁護士が元妻をそそのかしたに違いないと勝手に思い込み,弁護士をさらって裁判所に立てこもり最後には弁護士を殺すといった計画を立て,拳銃や刃物などを準備して,深夜に弁護士の自宅に侵入しました。

 

自宅内で犯人は被害者に加薬入りのベストを着せようとしたり,被害者や奥さんに拳銃を突きつけて殺そうとしたりしました。そんな中で,被害者の奥さんが何とか警察に助けを求めました。

 

警官二人が駆けつけたとき,拳銃を持った犯人と被害者と奥さんが三人でもみ合っているところでした。

そして,それを見ていたはずの警察官は,その後,二人がかりで「被害者」の両腕をつり上げてを取り押さえたのです。

 

もちろん,被害者も奥さんも,必死で「オレは被害者だ」「あっちだ」などと警察官に教えました。

 

しかし,その隙に犯人は自由に動いて刃物を取りに戻ったうえ,警察官二人の目の前で,被害者の弁護士を刺し殺しました。

 

裁判の中で,弁護士には責められるような点など一切無かったことが明確になる一方で,犯人は「被害者は殺されるようなことをしたから殺されたなどと臆面もなく放言しており,真摯な反省心が著しく欠如している」などと指摘されました。

 

事件から約5年半が経ち,長かった刑事裁判は,無期懲役の判決で確定しました。

 

けれども,それからさらに4か月が過ぎた今,警察に対する国家賠償請求訴訟は,まだ続いています。

 


交流会では,ご遺族である奥さんが,これまでの経緯とその時々のお気持ちを,ゆっくりと語ってくれました。
弁護士である私自身,日々直面することのあり得る危険でもあり,我が事のように胸を打つお話でした。

 

 

 

さらに,交流会の後半では,犯罪被害者に関する報道を考えるパネルディスカッションなどが行われ,加害者に関する報道と被害者に関する報道を対比しながら,様々な議論がなされました。

 

その中で,複数の報道関係者からの発言は,「被害者については,実名報道をするのが基本的考え方である」という内容に終始していました。

しかし,「では,被害者を実名で報じなければならないと考える理由は何なのか?」という質問に対しては,「実際のところ,合理的な説明はできない」という回答なのです。

 

発言者は,過去の取材経験を通じて,被害者や遺族のお気持ちについて相当な理解を有するベテランの報道関係者の方です。
それでも,このような古く凝り固まった考え方から一歩も抜けられていないのが実情なのだと,あらためてよく分かりました。

 

 

 

弁護士にとって,被害者支援は非常に困難の多い活動分野のひとつですが,私のライフワークの欠くべからざる一部として,少しずつ少しずつ,自分のできることをしていきたいと思います。

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英国民投票から何を学ぶ?

弁護士 吉岡 毅

 

6月23日,英国がEU離脱を国民投票で決めました。

 

国民にとって大事なことは国民が自分たちで決める。これが民主主義の大原則ですよね。素朴に,すごいことだなぁと思います。
と,同時に,国民感情だけで結論を決めることがいかに怖いことであるかも,実感しました。

 

事前の予想に反し,わずかな得票数の違いで決まった結論に対して,意見の違いによる国民感情は二分したままのようです。

リタイア世代の多くは往時を偲んで感情的に離脱を求め,若者世代の多くは将来への現実的な計算から残留を求めていたと言われています。その世代間闘争も一層激しくなりそうです。
離脱派の説明に重大な虚偽があったことも,選挙後に大問題となっています。
国民投票のやり直しを求める声も,しばらくは消えないでしょう。

 

しかし,国民の決断の結果を国民自らが引き受けるのが,民主主義社会の責任です。そう簡単にやり直しなどということには,ならないはずです。

 

一方で,過去の間違いを間違いと認め,誤った結論を見直して未来に向けて修正していくことができるというのも,民主主義の素晴らしさです。

 

英国民が,これからどのような道を選んでいくのか?

 

私たち日本人も,これを他山の石として,しっかりと見極めて行く必要があります。
もしかすると,私たちのその日も,ごく近いかもしれないのですから……。

 


ちなみに,私は,他の弁護士がほとんど扱わない特色ある専門分野として,主に顧問先からのご要望により,金融資産運用や不動産投資等のアドバイス(FP業務)も行っています。
そのため,私自身の弁護士業務との関係では,国民投票の民主主義的意義なんかよりも,その結果としての世界経済や株価の動きのほうが大問題だったりします(実は,大問題だと思わされることこそが本当の大問題なのですが……)。

 

Brexitの経済的影響等については,個人サイト『 弁護士吉岡毅の法律夜話 』で記事を書く予定です。

お楽しみに。

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講師の報酬とは?

弁護士 吉岡 毅

 

先週5月13日(金),埼玉弁護士会の当番通訳人名簿に登録してくださっている通訳人の皆様に向けた「通訳人研修会」があり,昨年に引き続いて私が講演をさせていただきました。

 

当番通訳人とは,日本語に通じない外国人の被疑者の方から弁護士会に当番弁護士の派遣要請があった際に,その日の担当の当番弁護士の依頼で警察署等に同行して,接見(面会)の通訳をしていただく専門家です。

高度な語学力が必要なことはもちろんですが,一定の法律知識や通訳人としての高い倫理観も要求されます。

加えて,いつ当該言語の外国人が逮捕されるか(弁護士から通訳を依頼されるか)なんて,まったく予想がつかないわけですから,仕事が入る日時も回数も事前には一切わからないという,極めて不安定な職業でもあります。

その割に決して十分な報酬が保障されているわけでもなく,ボランティア精神がなければできない仕事です(そのため,多くの登録通訳人の方は,専業を別にお持ちです)。

そういった点は,委託援助制度や国選弁護人制度のもと,極めて低額の報酬費用で弁護活動をすることのある刑事弁護人と似ているのかもしれません。

 

 

この通訳人研修会は,通訳人の方々に対して,より高度な法律制度や刑事弁護実務を学んでいただく機会をご提供するとともに,弁護士と通訳人の方々との信頼関係や連携協力関係を強めよう(懇親しましょう)という企画で,このところ毎年恒例の開催となっています。参加者も非常に多くて,いつも盛況です。

今年も基本構成は昨年同様で,第一部は弁護士(私)による法律講義,第二部は参加型の研修(今年は優勝賞品付き通訳人実務クイズ大会!),お開き後というか第三部が,ちょっとした懇親会でした(メインかも?)。

 

昨年の私の講演では,「日本の刑法」について,しかも,弁護士でも普段あまり勉強することのない「刑法総論」にスポットを当てました。

珍しい話だったせいもあってか,ありがたいことに好評をいただいたので,今年はその続きのイメージで「日本の刑事訴訟法」をテーマにしました。

 

もっとも,刑事訴訟法は,刑法以上に日常生活と掛け離れていて分かりにくい「手続法」です。大学の法学部でやるような普通の講義をしても,通訳人の方にとって役に立つ内容にはなりません。

そこで,通訳人の方が被疑者との接見(面会)や裁判の法廷通訳をする現場で必ず登場する「供述調書・自白調書」の意味や役割を中心に,刑事訴訟法の目的や考え方,弁護活動との関係などをお話しさせていただきました。

 

 

人に何かを教えることは,自分がそれを深く学ぶための何より優れた方法です。

講演のための事前準備だったり,壇上で聞き手の反応を見ながら瞬間的により分かりやすそうな表現へ言い換えたりすることを通じて,自分の中にもともと持っている知識が,さらに生き生きと脈打つのを強く感じます。

そういう意味で,私は多分,教えることが大好きなんだと思います。

準備にはすごく時間がかかるし,聞き手のニーズに合わせた内容を練るのに,いつも大変な思いをするのですが,不思議と嫌な気持ちにはなりません。

 

実際,講演や講義をするのが好きですし,講師を引き受ける回数も,普通の弁護士と比べてかなり多い方だろうと思います。(私の過去の主な講師歴については,個人サイト『弁護士吉岡毅の法律夜話』のプロフィールページから「 講演会・講師等の実績 」のページをご参照ください。リンクは別ページが開きます。)

 

ただ,講師が聞き手から講演の感想を直接伺う機会は,必ずあるとは限りません。

なので,この通訳人研修会のように,直後の懇親会等で聞き手の方々からすぐに感想などを聞けると,とても嬉しいですね。

ちょっとしたアンケートを書いていただくだけでも,講師にはとても役に立ちます。

 

 

 

でも,何と言っても一番嬉しい講師報酬は,小・中・高校などの学校で授業をした後で,生徒のみんなから感想文や手紙をもらったり,授業後に取り囲まれて質問攻めにあったり,子どもたちと一緒に給食を食べたりすることですね。

その日の給食が,たまたまカレーかソフトめんだったら,それこそもう最高!!

 

……ってことは,一番のポイントは給食(=懇親会)のメニューなのかな??

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取り調べを可視化したら見えてきたこと

弁護士 吉岡 毅

 

3月5日に宮崎県宮崎市で開催された日弁連主催の「刑事弁護経験交流会」に,埼玉弁護士会・刑事弁護センター運営委員会委員として参加してきました。

1月末に金沢で犯罪被害者支援全国経験交流会に参加して来たばかりですので(詳細は,「 弁護士吉岡毅の法律夜話 2016年2月29日 寄り添う心と支援の距離感 」をご覧ください),なにかと地方への出張が続いています。今年は,今後もしばらく続きそうです。

その分,日常業務が忙しくて目が回るような,でもやっぱりなんとなく嬉しいような……。

 

 

今回の刑事弁護経験交流会のテーマは「取り調べ可視化」の応用編です。

 

ここ最近になって,やっと警察や検察での取り調べの様子が,ごく一部ですが録音・録画されるようになりました。

今まで密室で好き勝手にやられていた無茶・無謀な取り調べが,取り調べ可視化の対象となった事件に限ってですが,目に見えて減ってきています。

暴言や甘言,暴力,騙し,強請,おだて,丸め込みなどなど,およそ「任意」とはほど遠かった違法な取り調べが,少なくとも記録カメラの前では,少しずつまともになってきているのです。

 

 

……さて,この話を聞いて,「そりゃあ,そうだろうなぁ。」と思いますか?

それとも,「あれ? なんで?」と思いますか?

 

警察でも検察でも,自分の取り調べがカメラで記録されていると分かっているのだから,変な取り調べは(たとえカメラの前だけであっても)一切しなくなるのが当然ですよね?

 

でも,なぜか取り調べは「少しずつ」まともになっているのです。

つまり,カメラの前でも,任意とは到底言えないような無茶な取り調べが,今もまだなされているということです。

 

なぜなら,当の取調官本人が,自分の取り調べ方について,「違法だ」という認識をそもそもきちんと持っていないからです。

なので,記録カメラがあると分かっていても,つい今までのクセが出てしまう……だけではなく,「(今までのような無茶はしていないから)このくらいなら許されるだろう」と思って,違法な暴言や騙しを今でも「許されている」と思ってやってしまうのです。

 

録音・録画された取り調べの映像が,DVDやBD(ブルーレイディスク)の形で,裁判員裁判の法廷で再生されて取り調べられるようになり,その結果,取り調べの任意性が否定される事件が現実に出てきています。

 

 

第三者(裁判官や裁判員)から見れば,あの手この手で無理矢理に自白調書に署名させているようにしか思えない取り調べなのに,取り調べている本人には,まったくそんなつもりがない。怖いことです。

 

まして,今までの,否,今この瞬間にもカメラのない場所で行われている「ごく普通の取り調べ」で,一体どんな違法なことが行われ続けているか,想像に難くありません。

 

ところが,裁判官は,普通の取調べこそがおかしいということを,弁護人がいくら言っても信じてくれません(信じていないフリをします)。違法な取り調べの証拠がないからです。密室なので,ビデオカメラで可視化されない限り,証拠は残らないのです。

取り調べる方はいくらでも録音も録画もできるのに,あえて密室で証拠を残さず取り調べをしていること自体が問題なのですから,もし証拠がないというなら,むしろ「バレたら困ることを何かしているに違いない」と考えるのが普通の感覚だと思うのですが。

 

そうした違法な捜査,無茶苦茶な裁判が当たり前の日本の現実であることは,実際にやられたことのある人と,経験ある刑事弁護人,そして,周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」を真剣に見た人だけが知っています。

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鹿児島強姦えん罪事件 ~DNA鑑定に翻弄される刑事裁判(2)

弁護士 吉岡 毅

 

前回( 鹿児島強姦えん罪事件 ~DNA鑑定に翻弄される刑事裁判(1) )の続きです。


控訴審で「被告人の精液ではない」という明確なDNA再鑑定の結果が出た後も,検察官は,まだあきらめませんでした。
DNA再鑑定の結果が出た直後に,最後に残っていた極めて微量の精液資料を勝手に使って再々鑑定を行い,大切な証拠を使い切ってしまったのです。

 

しかも,検察官は,再々鑑定で少しでも有利な結果が出たときだけ証拠提出するつもりであり,不利な結果なら最後まで隠しておこうと考えていたため,裁判所にも弁護側にも一切秘密裏に再々鑑定をしていました。
再々鑑定の結果は科学的に意味のない内容でしたが,なぜか自分に有利になると勘違いした検察官が後から喜々として証拠請求したため,検察官によって秘密のうちに大切な証拠が破壊されてしまったことが判明したのです。


控訴審判決は,検察官の行為に対しても痛烈な批判をしています。

 

捜査で集めた裁判の証拠は,事件の真相解明のために多額の税金を使って保管されているもので,有罪の根拠にも無罪の根拠にもなります。

決して検察官や捜査機関の私物ではありません。

 

けれども,当の検察官は,自分の行為が正義に反すると批判されるなどとは,これっぽっちも思っていませんでした。
普段から当たり前のようにしていることなので,何も問題ないと考えて証拠請求したのです。

 

 

私は現在,日弁連・法務研究財団の研究員として,DNA鑑定を中心とする科学鑑定の様々な問題点について,専門的な研究を続けています。

 

確かに,DNA鑑定は科学的に正確に行われれば,有罪であれ無罪であれ決定的な証拠になり得ます。

 

しかし,決して万能ではありません。

 

何より,鑑定をするのは常に「人間」です。機械は正確でも,人間のやることには間違いや不正がつきまといます。
鑑定の手順や記録方法,鑑定の資料を使い切らずに再鑑定を保障することなどを厳格に法律で定めなければ,DNA鑑定書は,市民をえん罪に陥れる悪魔の証拠,言わば「デス・ノート」になりかねません。

 

また,捜査機関が集めた証拠は残らず全部弁護側に開示し,捜査機関によって勝手気ままな偽造や廃棄などがなされないような立法を,早急に行うべきです。

 

 

本件の被告人であった男性は,控訴審の逆転無罪判決までの間,2年4か月も身体拘束されていました。

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鹿児島強姦えん罪事件 ~DNA鑑定に翻弄される刑事裁判(1)

弁護士 吉岡 毅

 

鹿児島市内で発生した(とされた)強姦事件について,平成28年1月12日,福岡高等裁判所宮崎支部で,逆転無罪判決が出されました。

 

被害者(とされた女性)が嘘をついていたようですが,それ以上に問題なのは,捜査機関が被害者の嘘に沿った滅茶苦茶な証拠を作ったり,公判担当の検察官が有利な証拠を作り出そうとして,密かに証拠破壊を伴う鑑定をしたりといった行為が繰り返されていたことです。

 


この事件は,被害女性が見ず知らずの犯人について「人違い」をしてしまった事件ではありません。
被害女性が事件当時に被告人と一緒にいたことは,争いがありません。
被害女性が,被告人に強姦されたのかどうかだけが問題となった事件でした。

 

一審は,当時17歳の被害女性の供述を全面的に信用し,被告人であった男性(23歳)に懲役4年の刑を言い渡していました。
(ちなみに,強姦罪は裁判員裁判事件にはなりません。)

 

被害者の膣内からは事件直後に精液が採取されており,警察がDNA鑑定に回していました。

 

警察側の鑑定人は,精液が微量すぎて判断できなかったと証言する一方で,鑑定に使った精液や鑑定の記録,メモなどをすべて廃棄していました。
これは,警察の内規等にも反する,明らかに不自然な鑑定手続でした。

 

しかし,被害女性は,被告人に強姦される前の性交渉は,当時の彼氏との間で1週間以上前にしたのが最後だったと主張していたため,一審の裁判官はそれを信用しました。

 

一審判決は,それが誰の精液かは全然分からなくても,被害女性が事件まで1週間以上ほかの男性と性交渉していない以上,被害女性の膣内に精液を残せたのは被告人だけだ,と判断したのです。
結局,一審判決の決め手は,「事件まで1週間以上ほかの男性とは性交渉していない」という被害女性の言葉を信じるかどうか,それだけだったと言えます。

 


控訴審では,残っていたわずかな資料から再鑑定が行われました。
無罪判決の決め手は,そのDNA再鑑定です。
DNAは,被告人とは別の男性のものでした。
微量で判断できなかったという警察の主張も,科学的にあり得ない結果だと分かりました。警察による証拠のねつ造か,もしくは,通常あり得ないレベルの不適切(稚拙)な鑑定をしたか,です。
また,被害女性は,事件の直前に別の男性と性交渉したことをずっと隠し続けて,被告人に強姦されたことにしていたのです。

 

被害女性の供述には多くの矛盾があったようですが,一審の裁判官はこれを無視して,被害女性の供述はとにかく信用できると断言していました。

 

 

ところが,明確な結論と思われるDNA再鑑定が出ても,この事件は決着しませんでした。

 

( 次回,「 鹿児島強姦えん罪事件 ~DNA鑑定に翻弄される刑事裁判(2) 」へ続く )

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なぜ小学校では「シャーペン禁止」なのか?

弁護士 吉岡 毅


毎年のことですが,小学校を中心とした法教育活動(出前授業)を行っています。

今年は大宮小学校(2月)と蓮沼小学校(10月)にお邪魔してきました。


埼玉弁護士会の法教育委員会で行う授業の基本は,

「子どもたちが,自らの身近な問題について話し合うことによって,自分の意見を正しく伝え,違う意見を聴いて一緒に考え,みんなのための解決案を実行に移していく経験をする。そして,弁護士がそれを適切に支援することで,日々の生活の中で基本的人権を尊重することを大切さと具体的な方法を学ぶ。」

といったものです。


この授業では,子どもたちが5・6人前後の少人数グループに分かれ,グループ毎に弁護士が同席します。

あらかじめグループの子どもたち自身が選んだ身近な問題や悩みを議題に,子どもたちの中から選ばれた司会役が議論を進めていきます。


弁護士は,議論の進め方についてアドバイスしたり,議論が行き詰まればヒントを出して誘導したりします。意見(正解)の押しつけはしません。


意外なほど良い解決案に至ることもあれば,解決の難しい問題だということがよくわかった……だけで終わることもあります。

どちらにしても,自分が考えた意見をみんなの前で言ったり,相手の意見を聴いて自分の意見を変えてみたり,普段から気になっていた問題の解決策について一緒に議論すること自体が,とても良い経験になります。

授業前には固く緊張していた子どもたちの顔が,授業後に達成感に充ちて晴れやかな笑顔に変わる瞬間が,いつもまぶしく,とても嬉しく感じます。




この授業をやると,どの学校・どのクラスでも,毎年必ずのように出される問題が,

「シャーペンやボールペンを使いたい」

「なぜ学校でシャーペンを使ってはいけないのか?」

というお題です。


ほとんどすべての公立小学校で,子どもたちは鉛筆を使うように指導されており,シャープペンシルの使用は禁止されています。


ところが,小学校でのシャーペンの禁止は,別に法律で決まっているわけではありません。

それどころか学校毎の規則・ルールとして明文化されていることも,まずありません。

当然のごとく,禁止されています。


教員の皆さんにうかがうと,おおむね,

「筆記具の正しい持ち方や筆圧,硬筆書写の基本を日常的な習慣として身につけるため」

という意見です。

「日常的に鉛筆を削って準備することが学習に向かう真剣な態度を育てる」

という意見をお聴きして,なるほどと思ったこともあります。


あとは,授業中にノック音がカチカチとうるさい(遊んでしまう)とか,芯がポキポキと折れてゴミが出やすいとか,高価なものもあるので盗まれたり紛失したりという騒ぎになりやすいなど,学校ならではの禁止したい事情もよく聴かれます。


しかし,先生たちからのこの程度の説明で,子どもたちがシャーペン禁止に納得することなど,皆無と言っていいでしょう。


芯が折れるのは鉛筆も同じだし,高学年になるとノートの細かい字が書きにくくなり,結構苦労しているのです。

小学生も,家では普通にシャーペンを使っています。中学生になれば,シャーペンの使用が普通で,鉛筆を使う子なんて,ほとんどいません。

法教育授業の主な対象は小学校5・6年生ですから,「なんでダメなの?」という素朴な疑問は,もっともなのです。


さあ,こんな状況で子どもたちが「シャーペン禁止ルール」について議論すると,毎回毎回,どんな違った意見が飛び出て,一体どんな解決策に至っているのか,ちょっと興味が出てきませんか?




でも,……ここから先は,企業秘密です! ごめんなさい <(_ _)>

(※最近の小学生は,ネットで調べてから議論に臨むくらいのことは普通にしますからねっ。)

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成年後見と株式投資

弁護士 吉岡 毅


来週10月3日土曜日午後2時から,浦和法律事務所の公開市民講座が,浦和パルコ10階で開催されます。

今回のお題は「成年後見のイロハ」。私が講師を務めさせていただきます。


当日は,市民の皆さんの視点で成年後見全般について詳しくお話ししますが,そこでは触れられないであろうニッチな世界経済と投資のお話を一つ。



同じ成年後見人となる場合であっても,弁護士が専門職として裁判所によって選任される場合と,親族が後見人になる場合とでは,細かな点で違いが出てきます。

また,同じ専門職後見人弁護士の場合であっても,地域(裁判所)によって考え方や運用が違うこともあります。


その一例が,株式や投資信託等の扱いです。


専門職後見人の場合,被後見人(後見される人)の資産をできる限りそのまま維持することが求められます。


不動産は,ほっておいても増えも減りもしませんし,売却には面倒な手続が必要ですから,とりあえずそのままにしておけば維持できます。

預貯金や現金は,そのままでも別に減りはしませんが,使い込みにしろ泥棒にしろ,何らかの理由で費消されてしまうと後の祭りなので,とりあえず大きな資産は信託してしまうのが最近の運用です。


ところが,同じ金融資産でも,比較的短期間で大きな値動きのある株式・投資信託などの金融商品については,そのままにしておけばいいのか,売って現金に換えて管理すべきなのか,考え方が別れます。


少なくとも,当地さいたま家裁の現在の運用では,株式や投資信託について,特別な事情がない限り,「現状維持」をもって,おおむね適切な維持管理の方法と認められているようです。


しかし,ここ最近も,中国株式市場の混乱などに伴う世界経済の減速懸念から,日本株を含む全世界の同時株安が起きたばかりです。

長期的視野で見れば,今回の下げはまだ大したことはありませんが,相場のトレンドと資産に含まれている商品の特性によっては,一刻も早く売却した方が良い,という判断もあり得ます。「株=(投資ではなく)投機」という価値観も,一概には否定できないからです。

そのためか,聞くところによると,ある地域では,専門職後見人がつくと株式や投資信託等の金融商品は直ちに売却する運用となっているようです。


けれども,それはそれで一方的な感じもします。


たとえば,被後見人が世界経済の長期的成長を信じて,低コストのインデックス投資信託やETFに内外分散投資をしていた場合に,相場には上下があるからと言って成年後見人が有無を言わさず全部解約してしまうのでは,被後見人の投資哲学を全否定することになるでしょう。

そのようなことは成年後見人本来の職務権限を超える気がしますし,専門職成年後見人として資産運用に関する知識不足の感も否めません。機械的に現金化した行為が,暗愚の誹りを免れない可能性もあります。


本当は,専門職後見人が資産運用についての十分な知識をもって個別に対処すべきですが,さすがに弁護士等の専門職後見人に誰でもプライベートバンカー並みの投資知識を要求するのは無理があります。


というわけで,原則として一律に現状維持という運用にも,一定の合理性があると考えられます。

専門職後見人としては,万人に平均して有用な守りの姿勢を選択するのが一般的でしょう。


ただ,これが親族後見人による財産管理の場合だと,親族後見人に被後見人と同等かそれ以上の投資知識があることを前提に,より深く被後見人の意思を酌んで,積極的に換価したり長期ホールドしたりといった個別の判断を,もう少しできるように思うのです。

少なくとも仮に私が親族後見人であれば,株や投資信託等の金融商品の管理については,個別銘柄毎に臨機応変かつ適切に判断したい(してあげたい)だろうと思います。


だからといって,あまり知識のない親族後見人が勝手をして良いことにもなりませんから,難しいところですね。



ここ最近の株価の乱高下を眺めながら,専門職後見人と親族後見人のわずかな違いについて,ちょっと考えてみました。

(なお,専門職であれ親族であれ,投機はもちろんダメですし,利殖目的の積極的投資が認められるわけでもありませんので,ご注意ください。)

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否認に転じた?

弁護士 吉岡 毅


平成27年7月12日,愛知県で65歳の男性が17歳の男子高校生に10か所以上を刺されて殺害される事件がありました。
報道によると,

「少年は逮捕当初,殺意を認めていたが,その後の警察への取材で,少年が取り調べに対し,『殺すつもりはなかった』という趣旨の供述を始めたことが新たにわかった」

のだそうです。


これと同様,被疑者が否認に転じたことを非難する報道が非常に多くて,報道に触れた人から「どうして途中で話が変わるのか? 弁護士が嘘をつかせているのか?」と質問を受けることも多くあります。
しかし,その疑問のほとんどは,取り調べの実態を知らないまま報道内容を言葉どおりに受け取った結果の誤解です。


私は,上記の事件自体については弁護人でも何でもないので,事実をまったく知りません。この事件について言いたいことは,特にありません。
ただ,具体的な事件を離れて,あくまでも一般論として,被疑者(容疑者)の捜査中の供述について報道がなされる場合に,取調室や接見室で実際には何が起こっているのか,架空の会話でお教えします。


【取調室にて】

刑事 : お前がこのナイフで刺したんだよな?

被疑者 : ……はい。でも,そのときはビックリして……

刑事 : 実際,被害者は死んだんだよ! 知ってるよな? 被害者,もう生きてないよな?

被疑者 : ……はい。

刑事 : お前がナイフで刺したから死んだんだよ! そうだよな?

被疑者 : ……そうです。

刑事 : だから,お前がナイフで刺して殺したんだろ?

被疑者 : ……はい。

刑事 : こんなナイフで何度も刺したら,そりゃ当然,死ぬよな。痛ぇだろうなぁ。血もいっぱい出てよ。お前が今ここで俺に同じようにグサグサ刺されたら,間違いなく死ぬよな? 何ならやってみるか? 生きてられるわけないよな! それくらい,分かるだろ?

被疑者 : ……はい。

刑事 : じゃ,これに名前書いて。

被疑者 : ……はい。

【調書の記載】

「僕は,持っていたナイフで相手を何度も刺して殺しました。当然ですが,このナイフで人を何度も刺せば間違いなく死ぬと分かっていました。」


【接見室にて】

弁護士 : 一体,どういう状況だったの?

被疑者 : おじいさんだから,ナイフを見せればすぐに怖がって逃げると思ったのに,逆に飛びかかられてしまって……。びっくりするぐらい強い力で胸ぐらをつかまれて大声で叫ばれたので,驚いて咄嗟にナイフを滅茶苦茶に動かしたんです。

弁護士 : そのとき,相手を殺そうと思っていたの?

被疑者 : 全然思ってません。

弁護士 : じゃ,死んでもいいとは思っていた?

被疑者 : そんなこと思ってません。無我夢中で,何も考える余裕はなくて……。

弁護士 : もしそれが事実なら,取り調べでも,事実があった通りに言わないといけないね。


この供述が,後から警察によってマスコミにリークされると,最初の報道内容になります。

被疑者が言おうとしていることは,最初から何も変わっていません。否認に「転じて」などいない。ただ,聴き方とまとめ方が違うだけだと考えるのが普通です。
その場合,否認に転じたとする報道は,はたして正しいでしょうか?


もちろん,被疑者の言おうとしていることが正しい(真実)かどうかも,また別の話です。

殺意が認められるかどうかは,動機や計画性や犯行態様や凶器の種類などの様々な事情から慎重に判断されるものです。

取り調べで認めたとか,自白調書にサインしたとかいったことだけで,真実は分かりません。少なくとも,取り調べを全部可視化していなければ,信用する根拠がないのです。

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親の葬儀にトレーナーとサンダルで行けという裁判官

弁護士 吉岡 毅

 

先日,ある刑事事件の被告人の実母が亡くなられました。


その被告人が起訴されていた罪は,かなり軽微な内容だったのですが,生活保護受給中でお金がなかったため保釈を受けることができず,裁判の第一回期日を待つ間もずっと警察での勾留(身体拘束)が続いていました。私はその国選弁護人でした。

ある朝突然,ご親戚の方から私宛てに,実母急死のご連絡が入ってきました。
その方は,被告人本人が葬儀等に出席することは法律上不可能だと思っていたようで,「ともかく,知らせるだけでも知らせてあげてください」とのことでした。
もっとも,このような場合,裁判官が許可すれば身体拘束状態を一時停止して,いったん自宅に戻り,葬儀に参加した後でまた警察に戻るということも可能です。
私は,ご親族の方と急遽打ち合わせて,勾留の執行停止を裁判所に申し立てました。

本来なら,一晩か二晩くらいはゆっくりお別れをさせてあげたいところでしたが,色々な事情もあり,翌日の葬儀だけでも何とか裁判官に参加を認めさせようと考え,葬儀当日の朝8時から夜9時までの執行停止を求めることにしました。

葬儀は昼過ぎからです。

被告人が警察に留置されている間は,逮捕時の普段着か,差し入れ品の部屋着か官服しか身につけていません。せいぜいTシャツやGパン,運動靴です。お風呂も週に2回程度しか入れません。その被告人は女性でしたが,所持品は部屋着のトレーナーとサンダルだけでした。もちろん化粧などは一切できませんし,警察に持ち込んでもいません。

そのため,裁判所が認めた執行停止の時刻に警察署を出て,いったん自宅に帰ってシャワーを浴び,化粧をして,喪服に着替え,少しでも早く駆けつけてご遺体と対面し,涙を拭くのもそこそこに葬儀準備の手伝いもしなければなりません。
移動時間を考えると,当日朝8時からの執行停止でも,かなりの駆け足になります。

葬儀後も,できる限りその日のうちに形見分けその他のできることを済ませたいとのことで,せめて遅い夕食を取れる程度の時間までは執行停止をしておきたいところでした。


担当のさいたま地裁の裁判官は,被告人・弁護人側に対して何の打診も事情の聴き取りもなく,一方的に,午前11時から午後5時までに限って執行停止を認めました。
警察と検察の事務処理の都合だけを聞いて,そのとおりに時間を決めたようです。

たとえ短時間でも執行停止が認められたのはよかったし,被告人も泣いて喜びましたが,私には怒りしかありませんでした。
被告人は,喪服に着替える時間すらないのではないかと,本当に心配でした。
本来なら争って文句を付けたいところでしたが,上級審の判断を受けるまでには葬儀が終わってしまいます。

仕方なく,当日の喪服や送迎の準備などをご親族と先に十分に打ち合わせて対応していただき,なんとか葬儀への参加だけはできたそうです。
ご親族のご協力がなければ,被告人は,何日もお風呂に入っていない,化粧もしていない状態で,汚れたトレーナーを着てサンダル履きで葬儀に出席することになったと思います。
この裁判官は,それでいいと思ったのでしょうか。


第一回公判で,検察官は被告人に対して,罰金求刑をしました。
判決も罰金刑でした。
被告人は,そのまま家に帰りました。


執行猶予どころか,そもそも懲役刑を求められるような事件でもないのに,被告人は3か月間も身体拘束されていました。
事件にも被告人にも色々な事情はあったとしても,やはり,裁判官は権力の使い方を間違っていたと思います。

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