2019年10月31日

脳・心臓疾患の労災認定基準

弁護士  堀   哲 郎

第1 労務管理と事業主の責任

 「労務管理」とは,広辞苑によれば,「労働者の使用を合理化し生産性を高めるために,経営者が行う管理」とされていますが,わかりやすく言えば,事業主(使用者)が,より良い企業経営を目的として,従業員(労働者)の賃金・労働時間などの労働条件一般,福利厚生などの管理を通じて,従業員(労働者)が健康で働きやすく効率的に業務を遂行できる環境を整えていくという重要な業務であると言うことができます。

 従業員(労働者)が健康で働きやすい環境を整えるという業務には,当然,健康で安全に働けるよう配慮することが含まれており,この「安全配慮義務」に違反すれば,場合によっては法的責任(刑事責任(労働基準法・労働安全衛生法違反),民事上の損害賠償責任)を問われることになります。

 従業員(労働者)を1人でも使用する事業所は,5人未満を雇用する農林水産業を除き,当然に(労災)保険関係が成立し,適用事業所に働く従業員(労働者)はすべて労災保険の対象になります。
したがって,事業主(使用者)が労災保険料を支払っていなくても,被災した従業員(労働者)は保険給付を受けることができ,その場合,事業主(使用者)は,保険料を遡って支払うことになります。

 なお,「安全配慮義務違反」若しくは「労災」の認定に際しては,後記のとおり,労働時間が重要な判断要素の一つとなります。労働時間の上限規制等を内容とする働き方改革関連法が平成31年4月1日から順次施行されていますが,詳細は,守重弁護士のコラム「働き方改革関連法施行!」をご覧ください。

第2 過重労働と労災認定

1 従業員(労働者)の健康に最も大きな影響を与えるのが労働時間であることは自明であり,過重労働は,前記「安全配慮義務違反」若しくは「労災認定」の重要な判断要素となるものです。
  そこで,以下にその判断基準について述べることとします。

2 脳・心臓疾患の労災認定基準

  厚生労働省は,過労死の労災認定基準として,次のとおり「脳・心臓疾患の労災認定基準」を定めています。

【対象疾病】

(1)脳血管疾患

 ア 脳内出血(脳出血)   イ くも膜下出血

 ウ 脳梗塞         エ 高血圧性脳症

(2)虚血性心疾患等

 ア 心筋梗塞        イ 狭心症

 ウ 心停止(心臓性突然死を含む。) エ 解離性大動脈瘤

 

【認定要件】

次の(1),(2)又は(3)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は,労基則別表1の2第9号に該当する疾病として取り扱います。

(1)発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇した
  こと(異常な出来事)

(2)発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと(短時間の過重業務)

(3)発症前の長時間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(長時間の過重業  
  

 

【認定要件の運用】

(1)脳・心臓疾患の疾患名及び発症時期の特定について

ア 疾患名の特定について
  脳・心臓疾患の発症と業務との関連性を判断する上で,発症した疾患名は重要です。そのため,臨床所見,解
 剖所見,発症前後の身体の状況等から疾患名を特定し,対象疾病に該当することを確認する必要があります。

イ 発症時期の特定について
  脳・心臓疾患の発症時期については,業務と発症との関連性を検討する際の起点となるものとなるため,臨床
 所見,症状の経過等から症状が出現した日を特定し,その日をもって発症日と扱います。

(2)過重負荷について
   過重負荷とは,医学経験則に照らして,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超え
  て著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷をいいます。

ア 異常な出来事について


(ア)異常な出来事とは
  a 極度の緊張,興奮,恐怖,驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態

  b 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態

  c 急激で著しい作業環境の変化

(イ)評価期間は?
   発症直前から前日までの間

(ウ)過重負荷の有無の判断
   遭遇した出来事が前記(ア)に掲げる異常な出来事に該当するか否かによって判断します。

イ 短期間の過重業務について

 

(ア)特に過重な業務とは
   特に過重な業務とは,日常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。)に比較して特に過重な
  身体的,精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいいます。

(イ)評価期間は?
   発症前おおむね1週間

(ウ)過重負荷の有無の判断
   特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,(1)発症直前から前日までの間について,(2)発
  症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合には,発症前おおむね1週間について,
  業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚等にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか
  否かという観点から,客観的かつ総合的に判断すること。具体的な負荷要因は、次のとおりです。

   a 労働時間

   b 不規則な勤務

   c 拘束時間の長い勤務

   d 出張の多い業務

   e 交代制勤務・深夜勤務

   f 作業環境(温度環境・騒音・時差)

   g 精神的緊張を伴う業務

 

ウ 長期間の過重業務について

 

(ア)疲労の蓄積の考え方
   恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変
  等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがあります。
   このことから,発症との関連性において,業務の過重性を評価するに当たっては,発症時における疲労の蓄
  積がどの程度であったかという観点から判断することとします。

(イ)評価期間は?
   発症前おおむね6か月間

(ウ)過重負荷の有無の判断
   著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,業務量,業務内
  容,作業環境等を考慮し,同僚等にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かという観点
  から,客観的かつ総合的に判断します。
   具体的には,労働時間のほか前記イの(ウ)のb~gまでに示した負荷要因について十分検討することとな
  ります。

   その際,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると,その時間が長いほど,
  業務の過重性が増すところであり,具体的には,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,

  ① 発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められ
   ない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,
   業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
  ②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむ
   ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏ま
   えて判断すること

 

※ この点,厚生労働省の「脳・心臓疾患の労災認定実務要領」は,上記判断基準の解説として,「発症前1か月
 間から発症前6か月間までの6通りの期間において,その1か月平均の時間外労働時間数が,発症前1か月間に
 おおむね100時間を超えるか,あるいは,発症前2か月間以上の期間のうち,いずれかの期間でおおむね80
 時間を超える場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できるというものである。」としています。

※ 前記のとおり,労働時間の上限規制等を内容とする働き方改革関連法が平成31年4月1日から順次施行され
 ていますので,その詳細については,守重弁護士担当のコラムをご覧ください。

第3 労災認定と民事損害賠償責任

  労災認定がなされたからといって,直ちに民事上の損害賠償責任が発生するわけではありません。

  しかしながら,労災認定がなされたということは,過重労働の実態が認定されたということですから,事業主(使用者)が,過重労働の実態を把握しながら,あるいは把握すべきであったにもかかわらず,これを怠り,過重労働の実態を放置したということであれば,安全配慮義務違反として,民法上の不法行為責任(民法709条)ないし債務不履行責任(民法415条)を問われることになります。

  したがって,事業主(使用者)としては,日頃から従業員(労働者)の労働実態に注視し,過重労働とならないよう,適切な労務管理に努める必要があるのです。

以上

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