民法改正(遺留分制度)と事業承継
弁護士 沼尻 隆一
皆さんご承知のとおり,民法の一部である「債権法」という分野,それから,同じく民法の一部である「相続法」の分野に,それぞれ大きな法改正があり,そのうち一部はすでに施行(=現実に改正された法律が適用される状態)されています。
ちなみに,「債権法」とは何かというと,わかりやすく言えば,主に,契約に関する規定ということになるでしょう。また,「相続法」というのは,わかりやすく言えば,亡くなった人の遺産の相続や,遺言に関する規定の部分のことをいいます。
今回は,主に,事業の後継者への円滑な承継を願う事業者・経営者の皆様を対象に,「事業承継」の観点から,改正された民法のうち,「遺留分」という制度の改正にともなう留意点などを,考えてみたいとおもいます。
遺留分制度の改正法の適用はいつから?
「遺留分」という制度があります。この「遺留分制度」の改正については,すでに改正法が現実に施行されており,原則として,施行日である2019年7月1日以降に開始された相続に適用されます。なお,「相続」は,被相続人(相続される人)が死亡した時から開始します。
したがって,2019年7月1日以降にお亡くなりになった方の相続の遺留分に関する事柄については,原則として改正法が適用されることになります。
そもそも遺留分とは?
さて,民法上,一定の範囲の相続人には,「遺留分」というものが認められており,自己の「遺留分」を侵害された人は,逆に,遺言書などによって被相続人の遺産を多く取得した人に対して,「遺留分減殺請求権」という権利を行使することができます。
なお,「遺留分」というのは,わかりやすくいえば,一定の相続人(例えば被相続人の兄弟姉妹は含まれません。)に限り,法定相続分の範囲内で,たとえ遺言などがあったとしても,一定割合で保障される相続分のようなものだと考えればよいでしょう。そして,自己の有するその「遺留分」を侵害された相続人は,一定の期間内に「遺留分減殺請求権」を行使するという意思表示をすることによって,侵害された分の遺留分を,現実に取り戻すことができることになっています。
遺留分減殺請求をするとどうなる?(改正前)
これまで,改正される前の民法では,遺留分減殺請求権は「物権的」効力を持つとされており,遺留分減殺請求権の行使によって,遺産の一部に「共有状態」が生じるものとされていました。
もっとも,改正前の民法の条文が,はっきりと遺留分減殺請求権が「物権的」効力を持つと定めていたわけではなく,条文の文言の解釈や関係する多くの条文の規定の仕方などにもとづいて,最高裁の判例によって(最高裁昭和35年7月15日判決その他),そのような効力が認められてきた,という経緯があったのです。
では,「遺留分減殺請求権」が行使されることによって,「遺産の一部に『共有状態』が生じることになる」とは,具体的にはどういうことでしょうか。
例えば,ある事業の経営者の方が,ご自身の経営する会社の本社ビルの建物と,その敷地の土地を所有していたとします。そして,その事業者の方は,遺言で,ご自身の所有していた会社の本社ビルの建物とその敷地を,事業を承継させるため,ご自身の長男に全て相続させるようにしたとします。
もしここで,本社ビルの建物とその敷地の価値が,事業者の方の所有する財産の価値の大部分を占めるような場合で,相続が発生した後,そのような遺言により,事業者の方の遺産の大半を長男が相続したことに,不満を持った他の相続人(たとえば長男のごきょうだい)が,「自己の遺留分が侵害された」として,遺留分減殺請求権を行使することができる場合には,遺留分減殺請求権が行使される結果として,本社ビルが,長男と,遺留分減殺請求をした他の相続人との「共有」となってしまう事態が生じる可能性がありました。
つまり,事業の承継者でない他の相続人が,本社ビルの持分を取得することができることにより,事業の円滑な承継に大きな支障が生じる可能性があったのです。
遺留分減殺請求をするとどうなる?(改正後)
改正された民法では,遺留分減殺請求権は,文字どおりの「請求権」すなわち,「物権的」な効力を持たない,「債権的」な権利にすぎないこととなりました。
その結果,遺留分減殺請求権が行使されても,遺言などにもとづき取得した不動産について,他の相続人が持分を取得することはできなくなったのです。
したがって,先ほどの例のようなケースでも,長男が承継した本社ビルの持分を,事業承継に関係のない他の相続人が取得することにより,円滑な事業承継と会社の経営に支障が生じるような事態は生じないことになりました。
遺留分減殺請求権を行使した相続人は,遺留分を侵害する遺贈等を受けた者に対して,遺留分侵害額に相当する「金銭」を受けられるだけになったのです。
さらに,遺留分減殺請求を受けた者が,遺留分侵害額に相当する金銭を直ちに準備することは,場合によっては容易ではありません。ことに,遺贈などを受けた財産の大半が不動産などの固定資産であり流動資産がほとんどないような場合は,泣く泣く不動産を処分するなどして手放さなければならないこともあり得ます。
そこで,改正された民法では,遺贈などで財産を取得した者が,ただちに遺留分侵害額に相当する金銭を用意することができない場合には,裁判所に,支払までの期限の猶予を求めることができ,裁判所にそれが認められれば,相応の期限が許予されることとなりました。
このようなことを知っておけば,事業の承継のため遺言書を作成する際に,今までのようにいろいろなことを心配する必要が,だいぶ少なくなったといえるでしょう。