遺留分侵害額請求における「生前贈与」の取扱いについて
弁護士 沼尻 隆一
遺留分の意義
遺留分とは、一定の法定相続人に保障された、相続財産の最低限度の取得分を意味します。
被相続人が遺言や贈与によって財産を処分する自由を持つ一方で、その自由には限界があり、特定の相続人に対しては「遺留分」というかたちで一定の権利が守られています。
遺留分権利者には、配偶者、子、直系尊属が含まれます。
兄弟姉妹には認められていません。
遺留分侵害額請求とは
遺留分を侵害された相続人は、民法1046条以下に基づき、その侵害分に相当する金銭の支払を受けることができます。
これが「遺留分侵害額請求」です。
2019年の改正により、従来の「減殺請求」から、より柔軟で金銭的な解決を図る制度に変更されました。
遺留分算定の基礎財産とは
遺留分の侵害があったかを判断するためには、単に相続開始時点に存在した遺産のみを考慮するのではなく、被相続人が生前に行った贈与の一部を「持ち戻し」て加算する必要があります。
これにより、遺留分権利者の保護を実質的に担保します。
生前贈与の取扱い
生前贈与の遺留分算定への加算対象は、贈与の相手が相続人であるか否かによって、取扱いが大きく異なります。
①相続人に対する贈与
相続人に対する贈与については、原則として「相続開始前10年以内にされた贈与」が算入対象となります(民法1044条1項)。
ただし、例外として、「贈与時に、贈与者(被相続人)および受贈者(相続人)双方が、その贈与によって遺留分権利者に損害を加えることを知っていた」場合には、10年を超える過去の贈与も遺留分算定の基礎に加算されます。
これは、悪意の当事者の共謀による資産の恣意的移転によって遺留分権が侵害されることを予防することを目的としています。
②第三者(相続人以外)に対する贈与
被相続人が第三者に対して行った贈与は、原則として「相続開始前1年以内」にされたもののみが算入対象となります(民法1044条2項前段)。
また①と同様に、例外として、第三者に対する贈与であっても、被相続人と第三者が「遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与を行った場合」には、1年を超える贈与であっても、遺留分算定の基礎に含めることができます(同条2項後段)。
実務上の注意点
贈与の証明と立証責任
遺留分算定に贈与を含めるためには、贈与の存在と内容が客観的に明らかでなければなりません。
預金移動記録、不動産登記簿、贈与契約書、贈与税の申告書などが証拠として重要です。
また、例外的に期間外でも加算を求める場合には、当該贈与が遺留分権利者に損害を与える目的で行われたことを立証しなければなりません。
これは主張する側にとって高いハードルとなることもあります。
請求の方法と時効
遺留分侵害額請求権は、相続の開始および遺留分の侵害を知ったときから1年以内に行使する必要があります。
また、相続開始から10年が経過すると、請求権自体が時効によって消滅します(民法1048条)。
受贈者の対応と負担
遺留分侵害額請求の相手方は、遺贈や贈与を受けた者です。
相続人であるか第三者であるかを問わず、侵害額相当の金銭支払義務を負う可能性があります。
特に第三者が既に贈与財産を処分していた場合でも、侵害額の賠償責任を免れるわけではありませんが、実務上は支払能力や資力の問題から実現困難になるケースもあります。
ここまでの内容のまとめ
遺留分侵害額請求の場面では、生前贈与が重大な争点となります。
■相続人に対する贈与は、原則10年以内。
ただし、害意があればそれ以前の贈与も算入可能。
■第三者に対する贈与は、原則1年以内。
ただし、こちらも害意があれば1年以上前でも算入可能。
このように、贈与の性質と時期、そして「害意の有無」によって、遺留分の算定対象が変動するため、実務では極めて繊細な事実認定が求められます。
紛争防止や円滑な相続のためにも、早期の情報収集と専門家の助言が不可欠です。
遺留分侵害額請求権利者に対して行われた、相続開始から10年以上前の生前贈与の取り扱いについて
前述したように、遺留分制度は、一定の法定相続人に最低限の相続分を保障することによって、被相続人の意思と相続人の公平を調和させるための制度です。
2019年の民法改正により、遺留分の侵害があった場合の対応として、「遺留分侵害額請求権」(旧来の遺留分減殺請求に代わる制度)が導入され、これに伴い、遺留分の算定や生前贈与の取り扱いについても重要な見直しがなされました。
そこで、次に、遺留分侵害額請求に関係する論点の中でも特に、『遺留分侵害額請求権利者(つまり遺留分が侵害されたと請求する者)が、相続開始から10年以上前に、被相続人から贈与を受けていた場合』に注意すべき、以下の2点について、それぞれ解説していきたいと思います。
①その生前贈与が「遺留分を算定するための財産の価額」に加算されるかどうか。
②その生前贈与が、遺留分侵害額請求金額から控除されるかどうか。
①遺留分を算定するための財産の価額に加算されるかの点について
遺留分を算定するための財産、すなわち「遺留分算定の基礎財産」は、被相続人が相続開始時点で有していた財産に加え、一定の範囲の生前贈与を加算して算出されます。
この「加算される生前贈与」の範囲については、先ほども述べたとおり、民法第1044条は次のように定めています。
『相続人に対する贈与については、原則として相続開始前10年以内にされたもののみが加算される』
これは、贈与から10年を経過した後に相続が開始した場合、その贈与が遺留分算定に用いられるべき遺産評価に含まれないことを意味します。
従って、相続開始から10年以上前に遺留分権利者本人が受けた贈与についても、原則として、遺留分算定の基礎財産には加算されません。
例外的に、被相続人が遺留分権利者に損害を与える意図で行った贈与であると認められるような特殊な事情があれば、10年を超える贈与も対象となる可能性はありますが、立証上の困難さなどから考えると、認められることは実務上、そう多くはないと考えられます。
したがって、かかる贈与は、遺留分を算定する基礎財産に「加算されない」のが原則です。
②遺留分侵害額請求金額から控除されるか、との点について
次に重要な点は、「請求者が過去に受けた贈与の価額が、遺留分侵害額請求において請求できる金額から控除されるかどうか」です。
これは遺留分侵害額請求の請求金額の算定に関して、とりわけ誤解されがちな点です。
この点については、同じく民法第1046条2項1号が関係します。
ここでは、「遺留分侵害額請求権利者が、遺贈もしくは被相続人から民法903条1項で定める贈与(いわゆる特別受益にあたる生前贈与)を受けていた場合には、当該贈与額等は、侵害額の請求金額から控除される」旨が明記されています。
そしてこの控除については、その贈与が、「相続開始前10年より以前に行われていた場合であっても」、請求金額から控除される対象になります。
つまり、請求権者自身が過去に贈与を受けていた場合、その価額は、遺留分の算定基礎財産には加算されないものの、請求できる金額からは差し引かれる、という二段構えの扱いがされているのです。
これはおそらく、「公平」の観点から理解されます。
つまり、請求者がかつて贈与を受けており、すでに一定の財産を享受していたとすれば、それを無視して遺留分全額を請求するのは不公平であるという考え方によるものです。
したがって、かかる贈与の額は、遺留分侵害額請求の金額からは「控除される」のが原則となります。
ここまでの内容のまとめ
遺留分侵害額請求における、生前贈与の取扱いは制度上重要な論点です。
特に、贈与が行われた時期が相続開始から10年を超えている場合でも、遺留分侵害額の請求権者自身が受けた贈与であれば、
①その贈与は、遺留分算定の基礎財産には原則として「加算されない」。
②しかし、その贈与は、遺留分侵害額の請求金額からは「控除される」。
という、二つの異なる取扱いがなされている点が極めて重要です。
このような制度設計は、過度に古い贈与まで考慮して相続を混乱させることを防ぎつつ、過去に請求権者自身が贈与を受けていた場合の公平性も確保するための工夫といえます。
実際の事案では、贈与の性質や時期、当時の事情などを総合的に考慮する必要があるため、専門家の助言を得て適切な判断を行うことが求められます。
こういった場面でお悩みの場合は、お気軽にご相談ください。
(以上)