養育費の支払い確保に向けた見直し(法改正)
弁護士 河原﨑友太
はじめに
令和6年6月に民法等の一部を改正する法律が可決され,令和8年5月までに施行されることになりました。
大きく報道された共同親権制度の導入等,今後の実務への影響が大きいと思われる改正点が多々ありますが,今回は,養育費の支払い確保に向けて見直しされた点についてお伝えします。
法定養育費の新設
離婚時,あるいは離婚後に,子を監護養育する親に対して他方の親が支払う「子の監護に要する費用」を養育費と呼びます。
これまで,支払われる養育費がいくらなのかという点については,父母間での協議あるいは家庭裁判所を通じた調停等の手続きで定めるというステップを踏む必要がありました。
今回の法律改正では,子の監護に要する費用のうち一定の範囲の額については,父母間での取り決めがない場合であっても,子を監護する親から他方に対して請求を行うことができるとされています。
簡単に言えば,最低限支払うべき養育費の金額が法律によって定められたということです。
この最低限支払うべき養育費を「法定養育費」と呼びますが,これがいくらになるのかについては,これから法務省令によって定められることになります(R7,4月執筆時点では未確定)。
例えばこれが5万円とされた場合には,父母の合意がない場合であっても,5万円だけは法定養育費として請求できるということです。
なお,この法定養育費はあくまで取り決めがなされるまでの暫定的なものという位置づけになります。
そのため,例えば,本来あるべき養育費の額が法定養育費の額を超えるような場合,あるいは,経済的な事情により法定養育費すら支払いが困難な場合には,従来と同様に,父母間の協議や家庭裁判所の手続きによってこれを定める必要があります。
先取特権の付与
養育費の未払いが生じた場合,支払義務者の財産を差し押さえて回収するということを考える必要がありますが,これまでは,公正証書や調停調書,審判書といった債務名義がなければ支払義務者の財産を差し押さえることができませんでした。
そのため,父母の協議だけで養育費を決めた場合やそもそも養育費の取り決めをしていなかった場合には,まずは債務名義を得るために,家庭裁判所に調停申立てを行うなどの行動が必要でした。
その結果,未払いが生じてからこれを回収するまでに一定の時間を要するという問題がありました。
今回の改正では,法定養育費が新設されたのと同時に,この部分に「先取特権」という優先権が付与されることになりました。
先取特権とは,他の債権者に優先して,支払義務者の財産から回収することができる担保権の一種であり,強制執行のために債務名義を必要としません。
そのため,今回の改正により,法定養育費の範囲に関しては,未払いの時点から速やかに差押えを実施することが可能になりました。
調停等手続,執行手続の負担軽減等
財産(収入)資料開示命令
法定養育費の額については今後法務省令によって決められますが,本来あるべき養育費の額については,従来と同様に,父母それぞれの収入資料に基づいて決められます。
これまでも,養育費を決めるための調停等の手続では,裁判所から父母に対して,それぞれの収入資料を提出するように指示が出され,双方当事者が提出した収入資料に基づいて話し合いが進められていました。
しかし,裁判所からの指示に従わず,収入資料を出さない当事者というのが一定数いたため,正確な収入資料による算出ができない,結論が出るまでに一定の時間を要してしまうといった問題が生じることがありました。
今回の改正では,裁判所から当事者に対して収入資料を開示するよう命令を出すことができるとされ,正当な理由なくこれに従わない当事者には10万円以下の過料に処するとされました。
これにより,速やかに双方の収入資料が明らかにされるケースが増えると考えられます。
強制執行手続の利便性向上
差押えを実施する場合には,その前提として支払義務者の財産を調査する必要があります。
毎月生じる養育費については給与債権を対象とすることが多いのですが,勤務先を調査するためには,
①裁判所を通じて支払義務者から自らの財産を開示(申告)させる財産開示の手続を行い,
②市町村に対して支払義務者の勤務先の情報提供命令を出してもらう,
③情報提供に基づいて差押えを行うという3段階の手続きが必要とされていました(①で勤務先が明らかにされた場合でも③とあわせて2段階)。
今回の改正では,この点の利便性を向上するために,財産開示の申立てがあった場合には,開示された給与債権に対しての差押命令の申立てがあったものとみなされることになった上に,同手続で支払義務者が給与債権を明らかにしなかった場合には,裁判所は市町村に対して給与債権に関する情報提供命令を出すこととされました。
したがって,これまでは最大で3回の申立てが必要だった手続が1回の申立てで進められることになります。
さいごに
以上のように,今回の改正では,日々の生活費となる養育費が速やかに子の監護を行う父母に渡るように手当てされています。
支払義務者の立場からすると,未払いによって給与債権を差し押さえられるリスクは格段と上昇することになりますので,未払いとならないように注意する必要があります。
浦和法律事務所では,養育費に関するご相談も多くお受けしています。養育費に関してお悩みの方は是非ご相談ください。