2024年1月30日

一度も同居したことがない夫婦間においても婚姻費用を支払う義務があるか?~東京高等裁判所令和4年10月13日決定~

弁護士 柳沢里美

はじめに

結婚すると、夫婦は婚姻関係に基づいて、お互いに協力して助け合う義務があるので、収入が多い(ある)方は、収入が少ない(ない)方に対して、生活費として婚姻費用を支払う義務があります。
今回は、婚姻届を提出したものの、その後一度も同居したことがない夫婦間でも婚姻費用を支払う義務があるかについて判断した裁判例(東京高等裁判所令和4年10月13日決定)を紹介します。

事案の概要

   【妻】 年齢:37歳(婚姻届提出時の年齢)  職業:行政書士

   【夫】 年齢:41歳(婚姻届提出時の年齢)  職業:会社員

2人は、令和2年1月からよく会うようになり、同年6月に交際開始と同時に婚約し、同年8月に婚姻届を提出しました。
結婚式や披露宴は行わず、入籍後も同居はせず、週末に一緒に過ごすいわゆる週末婚の状態でした。
2人は、婚姻届を提出する前後から結婚式場を探しながらウエディングドレスを購入し、2人で住むための家も探していました。
お互いの仕事の関係者にも結婚の報告をし、祝福を受けていました。
同年9月に希望の賃貸物件が見つかり、同年10月17日に入居する予定で契約し、鍵を受け取って家財を搬入するなど入居の準備を進めていました。
入居予定日が近づいた同年10月9日には、最後の週末婚だといって、妻が夫の家に行って泊り、同月11日まで週末を共に過ごしました。

ところが、その翌日、突然、妻は夫と同居することを拒否し、それ以降、2人は別居したまま会わなくなりました。
妻は、同居を拒否した2日後に、夫に対してメールで生活費の支払を要求し、令和3年4月に婚姻費用分担請求の調停を申し立てました。

ちなみに、妻が夫との同居を拒んだ理由として、妻が夫宛に書いた手紙には、夫が妻の浮気を疑うような発言を繰り返し、携帯電話から男性の電話番号を抹消するように要求したので支配欲を感じたこと、夫が妻に結婚後は家事を完璧にこなすように言いつけたので、行政書士として働き続けるつもりであった妻とは夫婦観、人生観に違いがあることなどが書かれていました。

原審の判断

原審は、妻の婚姻費用の支払請求を却下し、夫に婚姻費用を支払う義務はないと判断しました。

理由はこのように述べています。

夫婦は同居して共同生活を始めると、家事や育児を分担することで、夫婦の一方は仕事の制約を受けながら、内助の功により他方を支え、これにより得られた収入で生活するという相互的な協力扶助関係が成立します。
夫婦間の扶助は、自分と同程度の生活を保障するといういわゆる生活保持義務です。
同居を始めた夫婦が後に別居した場合でも、同居中からの協力義務が継続している場合は生活保持義務も継続させる必要があるし、家事や育児の分担の犠牲で就職機会を失った主婦等に対しては、相当期間、生活保持義務を継続させる必要があります。

本件では、妻が、夫の支配欲、夫婦観、人生観が異なるから同居を拒んでいることから、この2人が夫婦としての共同生活を始めることは、水と油のように元々無理なことだったので、婚姻前にこれらを理解するのに十分な交流があればそもそも2人が婚姻することはなかったのではないか、言い換えれば、2人の婚姻は余りに時期尚早であり、本件で2人の夫婦共同生活を想定すること自体が現実的でないと言いました。
このような場合に、通常の夫婦同居開始後の事案のような生活保持義務を認める事情はないと判断しました。
また、妻は学歴も高く、資格もあり、働く意欲もあるため、婚姻前と同様に自分で稼ぐことができるので、夫が扶養する必要性もないとしました。

抗告審の判断

これに対して、抗告審は、原審の決定を取り消し、妻の婚姻費用の支払請求を認め、夫に婚姻費用を支払う義務はあると判断しました。

理由としてこのように述べています。

夫婦の婚姻費用分担義務は、婚姻という法律関係から発生するものであって、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではありません。
婚姻届出後、同居することなく婚姻関係を継続し、その後、婚姻関係が破綻しているような事実状態に至ったとしても、法律上の扶助義務が消滅するとはいえません。

本件では、37歳であった妻と41歳であった夫が互いに婚姻の意思をもって婚姻の届出をし、同居はせずとも互いに密に連絡を取りながら披露宴や同居生活に向けた準備を着々と進め、仕事の関係者にも結婚の報告をし、祝福を受け、週末婚をしていたのであるから、2人の婚姻関係の実態婚姻関係を形成する意思がなかったとは言えません。
これらの事情から、夫に婚姻費用支払い義務はあるとして、2人のそれぞれの収入などから、その金額を月額6万円としました。

おわりに

本件では、婚姻費用分担義務についての考え方が、原審と抗告審で異なったため、それぞれの結論が異なったと思われます。
原審は、夫婦が実際に同居し協力関係が存在していたかという実態を重視したのに対して、抗告審は、婚姻費用分担義務は婚姻という法律関係から生じるものだとしています。
ただし、抗告審も、単に婚姻届を提出しただけで、婚姻関係の実態が全くなく、婚姻関係を形成していく意思も全くない場合にも当然に婚姻費用分担義務があると言っているのではありません。
本件における夫と妻の婚姻届時の年齢にも言及し、2人が本当に婚姻するつもりで婚姻の届出をし、同居や披露宴の準備を進めながら、連絡を取り合って週末婚をしていたという交際の様子を細かく認定して、この夫婦間に婚姻関係の実態が全くなかったとは言えないし、婚姻関係を形成していく意思もあったとしたうえで、夫に婚姻費用を支払う義務を認めています。

しかし、本件で夫婦が婚姻の届出をしてから妻が同居を拒否するまでの期間は、たったの2か月です。
妻に婚姻関係を継続する意思がこの短期間でなくなっているにもかかわらず、その後の婚姻費用を支払う義務を夫に認めているのです。
本件では、妻が婚姻費用分担請求の調停を申し立てた後、夫は婚姻関係を円満に調整する調停を申し立てています。
夫は妻と婚姻関係を継続して同居を希望していたのです。
これらの事情も考えると、抗告審の結論は、少々、夫にとって酷なような気もします。
一度も同居していない夫婦間の婚姻費用分担義務については、婚姻関係が継続していた期間などの事情も考慮するべきではないかと思います。

今後、本件のように一度も同居したことがない夫婦間の婚姻費用の分担義務について、婚姻という法律関係から生じるものという抗告審の基本的な考え方に基づいても、様々な事情が考慮されたうえで、事案によって、義務を認めないという結論になることもあるでしょう。

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