相続の前にすべきこと、相続の後にすべきこと
弁護士 沼尻隆一
相続前にすべきこと(いわゆる「終活」)
相続の前にすべきことですが、これは要するに、亡くなる前の準備、いわゆる「終活」のことです。
終活にはいろいろありますが、一般的な知識は今、いろいろなメデイアなどで紹介され、みなさん豊富な知識をお持ちでしょうから、今回は特に遺言などの話にポイントを絞って、お話していきます。
遺言書のポイント(遺言の効力など)
まず、遺言書ですが、相続人が何人かいるような場合は、作っておいた方が良いでしょう。
たとえ、それぞれが相続を受けられる割合については争うつもりがない場合でも、特定の財産については「私が欲しい」、いや、「私だって欲しい」という争いになってしまうことがあります。
そのような争いを予防するには、亡くなる前に、遺産の所有者である本人が、遺言書で、しっかりと決めておく必要があるからです。
遺言を残す場合、内容は必ずしも民法上の相続人や、相続分の規定に忠実である必要はありません。
法定相続人以外の第三者に財産を譲る内容でも、また、相続人の一人だけを、極端にえこひいきした内容の遺言でも、公序良俗に違反するような内容でない限り、原則として完全に有効です。
(遺留分の規定はありますが、遺留分の規定に反する内容でも、遺言書の効力が直接、無効になるわけではありません。)
このように、相続人以外の他人に財産を相続させたいときなどは特に、遺言書を作成する必要があります。
遺言書は、いろいろな種類、内容のものがありますが、実務上、良く使われているのは、大半が、
① 自筆証書遺言 か、
② 公正証書遺言
の2種類です。
費用の点を重視するなら①の自筆証書遺言を、
自分でする手間暇をさけたい、あるいは、確実性を重視し自分が亡くなった後でいろいろとその効力を問題視される可能性を少なくしたいなら、②の公正証書遺言を、
おすすめします。
遺言執行者の指定
どちらにしても、遺言書の中では、遺言の「執行者」というものを指定しておくと、残された人が便利です。
遺言の執行者を指定しておけば、その執行者は、他の相続人の協力がなくても、単独で、遺言書の内容を実現できます。
遺産の中に不動産があったり、預貯金があったりしても、原則として遺言執行者が単独で、不動産の名義移転の登記だとか、預貯金の名義変更ができることになります。
そのため、「相続人の一人が協力しないため登記が出来ませんでした」、あるいは、「相続人全員の署名がないため預金の解約払出ができませんでした。」というような事態が避けられます。
遺言で財産を受け取る人自身も、遺言執行者に指定できます。(遺言者は、その人を執行者に指定できますので、財産を受け取る人自身が、自分のために単独で登記の手続をすることが可能です。)
遺言書以外の方法
他人に財産を相続させる方法として、遺言以外に、何か方法はないでしょうか。
生前贈与
たとえば、亡くなる前に贈与すると、これは、生前贈与といって、契約自体は有効ですが、税金の点で、最近は以前ほどではないようですが、贈与税が、相続税と比べると相対的に高い税率でかかる可能性がある、といった難点があります。
また、生前に贈与しても、条件次第では、「特別受益」にあたる可能性があります。
遺産分割の際に、相続分の一部前払いを受けたと同じような扱いを受け、その分、贈与を受けた人の、相続時の取り分が減ってしまう可能性もありますので、注意が必要です。
さらに、この「生前贈与」のことについて、一言、最新のトピックスをお話しておくと、夫婦の一方が他方に対して居住用の不動産を生前贈与したりした場合は、相続が発生した後、その不動産の贈与については、原則として、特別受益として扱われません。(改正民法903条4項)
つまり、遺産の前払いを受けたと同じ扱いにされてその分、自分の相続での取り分が減ってしまう、ということにはならないわけです。
死因贈与
遺言書と同じように他人に自分の遺産を取得させる方法として、ほかに「死因贈与」という方法もあります。
これはあくまでも契約ですから、遺言者だけでする遺言とは異なり、死因贈与するほうと、されるほう(財産を受けとるほう)の間で、契約を交わす必要があります。
死因贈与のメリットは、公正証書遺言を作りたいが公証人役場で手続を行ったりする時間的余裕などがないときに、極端な話、契約ですから、口頭でも成立するし、それで法的には有効だという点です。(立証の点は別問題です。)
なお、遺言は、厳格な形式性が要求され、遺言を口述しても、それだけでは有効な遺言をしたことにはなりません。
ただ、もちろん、その他の、税金などの関係では、基本的に、遺言で財産を譲るときと、ほぼ同様に扱われます。
生命保険
なお、良く言われる節税対策として有効な方法として、生命保険に加入して、財産を譲りたい相続人を死亡保険金の受取人にする方法があります。
死亡保険金は原則として、相続財産の中に含まれず、特別受益として扱われることも、原則としてありません。
さらに税法上も、みなし相続財産として課税の基礎となる遺産としては扱われるものの、特別な控除の対象となりますので、相続人の数によっても異なりますが、一定の範囲の金額なら相続税もかかりません。
保険の種類にもよりますが、糖尿病とかになってしまうと保険に入れなくなることもありますので、入れる内に、入っておいたほうがよいかも知れません。
相続後にやるべきこと
次に、相続が発生した後、のこされた人(ご遺族)がやるべきこと、やったほうがよいことについて、お話します。
遺言書がある場合
まず、先ほどお話したように、遺言書というのがあった場合、民法の相続の規定に優先して、その遺言書の内容が有効になるのが原則ですので、遺言書の存在を確認します。
遺言書が見つかっても、封印がされている場合は、封印を破って、ただちに中身を確認するようなことはしないでください。
できるだけそのまま、もとの場所に戻しておいて、「検認」という手続を取るようにしてください。
もっとも、これらは、あくまでも、自筆の遺言書が見つかった場合の話です。公正証書遺言の場合は、原本は公証人が保管しているので、こういう問題は生じません。
「検認」という手続きは、家庭裁判所で行います。
検認という手続をしていないと、例えば、遺言書の内容として不動産を相続させるという内容が含まれていたときに、事実上、登記ができなかったりします(登記申請が受理されない)。
難しいことを言うと、遺言書の形式的効力の存否を確定する手続が、この検認ということになります。
遺言書がない場合
次に、遺言書がない場合は、残された相続人は原則として、全員で共同して、遺産分割という手続をしなければなりません。
そのために、まず、遺産の内容、相続財産の範囲を調査して確認し、整理する必要があります。
その関係で、最近、よく話題となる点をいくつかあげるとすれば、
①分割前にされた預貯金の引出し(改正民法909条の2)
②葬儀費用などの扱い
③電子マネー、仮想通貨などの取扱
④「配偶者居住権」(改正民法で新設・1028条~)
などの点となるでしょうか。
それぞれ、具体的に説明していきます。
分割前にされた預貯金の引き出し(改正民法909条の2)
まず、①の、分割前にされた預貯金の引出しについてお話します。
これは、最近の民法改正で新たにできた規定で、難しい話は省略しますが、具体的にいうと、原則として、遺産となる預貯金の額の3分の1に、その相続人の相続割合(例えば、奥さんと子どもだけが相続人だった場合の、奥さんの相続割合は、2分の1)をかけた金額までは、相続人のお一人が単独で、預貯金の引出ができるようになりました。
これは、亡くなった人の葬儀費用とか入院費用の清算などで、ある程度まとまった金額が必要な場合に備えて、相続人の便宜を図った規定だといわれています。
葬儀費用などの扱い
次に、②の、葬儀費用の扱いについてです。
実は、葬儀費用や、そのあとの法要や、お墓に関する費用というのは、本人が亡くなった後に発生する費用なので、生前に発生した治療費や入院費用などの清算未了の債務と違い、純理論的には遺産に含まれません。
そのため、本来、遺産から差し引かれるものではないとされています。
ただ、その問題とよく取り違えやすいのは、相続税の計算においては、葬儀等の費用については一定の範囲で、控除の対象となるという点です。
ただ、これはあくまでも相続税の計算の上での話ですから、相続・遺産分割それ自体の民法上の話とは、混同しないようにしてください。
このように、本来は遺産から差し引くことができないとされる葬儀費用ですが、どういった場合に、遺産から差し引くことができるようになるでしょうか。
それは、相続人全員が、葬儀費用などを遺産から差し引くことに同意した場合です。
この場合は、同意された範囲内で、遺産から差し引けます。
そうでない場合は、いろいろな考え方がありますが、通常は、葬儀等を主宰し、執り行った「喪主」が、その費用も負担するという「喪主負担説」が今のところ、主流的な見解です。
電子マネー、仮想通貨などの取扱い
さて、本来の遺産に含まれる財産として、代表的なものは、預貯金などの金融資産ですが、最近話題になっているものが、いわゆる電子マネー、あるいは、仮想通貨(資金決済法という法律により、正式名称は、「暗号資産」と呼ばれます。)の存在です。
結論から言うと、基本的にはこれらの財産も、具体的に財産的価値を有するものである(分かりやすくいえば、お金に換えられる価値がある)ため、遺産に含まれると解されるのが一般的です。(相続税の課税上も原則として、遺産として取り扱われます。)
もっとも、一部の電子マネーについては、最初に電子マネーを保有する契約をする段階で、約款上、死亡した時点で残高は消滅する旨を定めているものもあるため、電子マネーも仮想通貨も全て相続の対象になる、とは一概には言えないので、注意が必要です。
もちろん、相続税の対象にもなりますが、注意しなければならないのは、パスワードや、プライベートキーというのが分からないと、そもそも相続の手続すらできないことが多いということです。
特に、外国の業者が扱っている仮想通貨の場合は、本人が亡くなってしまい、パスワードやプライベートキーが分からないままだと、換金するすべがなく、事実上、換金はできないのに、相続税だけがかかるという問題が発生する可能性があります。
生前に、パスワードなどは分かるようにしておいたほうが、のこされた人に対して迷惑がかからず、親切です。(この点はむしろ「終活」の話になりますが。)
「配偶者居住権」(改正民法で新設・1028条~)
最後に、④番目の、配偶者居住権の話をします。
こちらも、平成30年の民法親族法改正の際に新たに設けられた規定です。
夫婦の一方が亡くなって相続が発生したとき、亡くなった人が自宅不動産を所有していて、夫婦でそこに居住していた場合、残された夫婦の片方は、遺言書か、遺産分割の協議、あるいは、家裁の審判によって、配偶者居住権という特殊な権利が認められれば、自宅不動産を取得しなくとも、自宅不動産に自分が死亡するまでは無償で住みつづけることが出来ることになります。
この権利は、一身専属権という特殊な権利であるため、他人に譲渡したり、相続の対象としたりすることはできません。
遺産分割協議などによって、自宅不動産の「所有権」は、子どもの一人が、夫婦の遺された片方は、自宅不動産の所有権ではなく、配偶者居住権を取得する、ということができます。
この場合、残された夫婦の片方が亡くなった場合、配偶者居住権そのものは、相続の対象とならないとされていますので(一身専属権なので、死亡と同時に消滅する)、従前から自宅不動産を所有していた子どもの一人が、相続の影響を受けずに(つまり、新たに相続税はかからずに)、そのまま自宅不動産を所有し、なおかつ今度は、配偶者居住権の制限を受けずに、自宅不動産を使用・収益したり、処分したりすることができます。
なお、配偶者居住権は、登記すれば、自宅不動産が第三者に売却された場合でも、その買主である第三者に対して、自己が自宅不動産に住みつづけることが出来る配偶者居住権という権利を持っていることを主張できます(「対抗できる」ともいいます。)。
それから、夫婦の片方が配偶者居住権を、子どもの一人がその自宅不動産の所有権を相続で取得した場合、夫婦の片方は要件を満たせば小規模宅地の特例の適用を受けることができ、子どもの一人も、もしその自宅不動産に夫婦の片方と同居しているのであれば、同じように、要件を満たせば小規模宅地の特例の適用を受けることができます。
相続税が大幅に軽減される可能性がありますが、もし自宅不動産の所有権を取得した子どもの一人が、自宅不動産で親と同居していないときは、その場合の子どもは、小規模宅地の特例の適用はありません。
したがって、相続税の関係では、夫婦の両方が亡くなったときのことを考えると、その二次相続の際の相続税の対象となる遺産の範囲を圧縮できる可能性がある反面、親と同居していない子どもが自宅不動産を取得する場合は、その子どもに関しては、小規模宅地の特例の適用がないため、夫婦の片方が自宅不動産の所有権そのものを取得した場合と比べて、全体として相続税が多くかかる可能性があります。
そのため、配偶者居住権を取得したほうがいいのか、それとも、自宅不動産の所有権ごと配偶者が相続したほうがいいのかは、一概には言えません。
具体的なケースごとに、税務署や、専門家である税理士などに相談する必要があります。
さらに、配偶者居住権にも価格があり、配偶者居住権を取得した配偶者は、目的物である自宅不動産の所有権よりもずっと低額な価格で配偶者居住権の相続を受けたことになりますから、それ以外の遺産の取り分がそれだけ増えます。
これが、配偶者居住権の制度が新設された一番の理由です。
従来は、残された配偶者が、自宅不動産を取得すると、不動産の所有権の評価額の分だけ相続したことになり、他の流動資産などはたいして取得できない結果となる事態が生じてしまいました。
高齢化が進行する中で遺された配偶者が生活できなくなるおそれが出てきた場合に備えて、所有権は取得しない代わりに、相対的に安い評価額の配偶者居住権のみを認めてもらって、その分、自分が取得する預貯金などの流動資産の取り分を多くすることができるというのが、この規定の、本来の役割、といえばよろしいでしょうか。
なお、この配偶者居住権の価格は、建物の経済的耐用年数とか、残存期間、それから、残された方の配偶者の平均余命(あとどれくらい生きるか)によっても変わってきます。
計算式はとてもややこしいので、ここでは説明しません。
詳しくは弁護士などにご相談ください。
以上、駆け足になりましたが、相続の前にすべきこと、相続の後にすべきこと、について、最近のトピックや、新たな民法の規定で新設されたものなども交えながら、解説してみました。