就業規則の作成と変更
弁護士 水口 匠
▶就業規則の意義と作成における原則
多くの会社では,労働者の労働条件について、就業規則により定めていることと思います。
就業規則の定めがあることで、労働者と個別に合意されたものでなくても、または、労働者がたとえ就業規則の内容を知らなかったとしても、労働契約の内容となります。
このように、就業規則を定めることで、労働者の労働条件を統一的に設定することができますし、労働者間の公平も確保することができます。また、使用者側としても、各労働者と労働条件を設定する負担が軽減されることにもなります。
就業規則は、常時10人以上の労働者を使用している場合には作成及び労働基準監督署への届出が義務付けられ、この義務に違反した場合には30万円以下の罰金に処せられることがあります。
なお、「常時10人以上」とは、その事業場において、通常使用している労働者の数が10人以上であることをいい、「労働者」とは、正社員やアルバイトなどの雇用形態を問わず、その事業場で使用されている労働者をすべて含みます。
また、就業規則を定める場合には、必ず就業規則に記載しなければならない事項や制度として設ける場合には記載しなければならない事項があり、これらの記載がない場合にも作成義務違反となってしまいますので、注意が必要です(もっとも、作成義務違反があったとしても、就業規則自体の効力まで否定されるわけではありません)。
▶就業規則を作成しても、それが労働契約の内容にならない場合
もっとも、この「就業規則が労働契約の内容となる」という大原則については、以下のような例外もありますので、注意が必要です。
🍀就業規則が法律に違反している場合
例えば、労働基準法という法律において、労働時間は1日8時間以内、週に40時間以内と定められています。この規定に反して、「1日の労働時間を9時間とする」といった規定を就業規則で設けた場合には、その部分については効力が生じず、労働基準法に基づいて1日8時間になります。
労働基準法のように労働者の権利・利益を保護するための法律を使用者が作った就業規則で勝手に変えられるわけがありませんので、当然といえば当然です。
🍀労働者と個別に合意をしている場合
労働者と使用者との間で就業規則と異なる労働条件を合意していた場合には、その合意の部分について、就業規則の効力は生じません。
もっともこれは、合意の内容が就業規則に定められている内容よりも、労働者にとって有利な場合に限られます。就業規則の内容はその事業場での労働条件の最低基準なので、これよりも労働者にとって不利な内容で個別に合意をすることはできないのです。
🍀就業規則を周知させていない場合
就業規則は、たとえ作成していても、これを労働者に周知させていなければ効力は生じず、労働契約の内容にはなりません。
ただし、この「周知」の意味ですが、実際に労働者が認識していなければならないということではなく、労働者が就業規則の内容を確認できる環境を作っておくという程度で足ります。
法律では、①見やすい場所へ掲示し、または備え付けること、②書面を労働者へ交付すること、③磁気テープ、磁気ディスクなどに記録し、かつ労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること、と規定されていますが、必ずしもこれらの方法に限られる訳ではありません。
🍀就業規則とは異なる慣行がある場合
労働条件等について、就業規則の内容とは異なる取扱いが長年続いてきて、それが一般的となり、労働契約の内容になっていると認められる場合にも就業規則が労働契約の内容にはなりません。ただし、これも、その慣行が就業規則の内容よりも労働者にとって有利な場合に限られます。
その他にも、就業規則と異なる労働協約(使用者と労働組合との合意)がある場合などにも、就業規則が労働契約の内容にはなりません。
▶就業規則の変更
就業規則の変更における原則
一度就業規則を定めたとしても、時の経過とともに会社の経営状況に変化が生じたり、社会情勢が変わってきたりするなどして就業規則の内容を変更させていく必要性が生じてくることは、往々にしてあります。
就業規則の変更は、それが労働者にとって有利な労働条件となる場合には労働者の合意がなくても認められます。
しかし、労働者にとって不利益となる変更は原則としてできません。
不利益変更が可能となる場合
もっとも、この「労働者にとって不利益な就業規則の変更はできない」という原則にも、以下のような例外があります。
💡労働者の合意がある場合
労働者にとって不利益な内容であっても、労働者との合意があれば変更することはできます。合意の際には、労働者が、その変更により自分たちの労働条件がどのように変わるのかを理解した上で、自由な意思に基づいていることが必要です。
なお、ここでいう「労働者」とは、労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者のことを指します。
💡変更に合理性が認められる場合
労働者にとって不利益な内容であっても、その変更に合理性が認められれば、変更は認められます。
この、「合理性」が認められるかどうかは、次の要素を総合的に評価して判断されます。
ⅰ 労働者の受ける不利益の程度
例えば、変更によって労働者の賃金や賞与、退職金などが大幅にカットされるような変更は、労働者の受ける不利益が大きいため、合理性は認められづらくなります。
ⅱ 労働条件変更の必要性
例えば、会社の経営が不振で、経営を維持していくためにやむを得ないといった事情があるのであれば、合理性は認められやすくなります。
ⅲ 変更後の就業規則の内容の相当性
変更内容が一般的に見て相当であることとともに、経過措置、代償措置(他の労働条件の改善など)があることなどの事情が認められる場合には、合理性が認められやすくなります。
ⅳ 労働者(労働組合)との交渉の状況
変更に際して、労働者との協議や交渉を丁寧に行い、その理解や合意を得る努力をしておくことが必要です。これを怠り、一方的に変更に踏み切るなどすると、合理性が認められづらくなります。
ⅴ その他の就業規則の変更にかかる事情
変更内容と同種の事項に関して、社会情勢的にその変更が一般的であるような場合には、合理性が認められやすくなります。
なお、変更後はこれを労働者に周知させなければ効力は認められません。
▶さいごに
就業規則は、会社経営における人事・労務管理の基本であり、決して軽視できません。新たに作成する場合にも、変更する場合にも、正確な知識と丁寧な作業が必要になることを忘れてはいけません。