2020年8月31日

後遺障害の逸失利益についての定期金賠償

弁護士  堀   哲 郎

問題の背景

事故(交通事故に限らず,鉄道事故,労災事故,医療事故なども含まれます。)で後遺障害を負い,働けなくなった場合,将来の収入分などを逸失利益として損害賠償請求することができますが,その場合,実務上は賠償金を一括で先払いするのが原則です。

    後遺障害による逸失利益とは,
     後遺障害により労働能力が低下し,そのため収入が減少したことによる損害です。

ところが,令和2年7月9日,最高裁判所(最高裁第一小法廷)は,逸失利益の賠償について,一般的な一括での受け取りだけでなく,月1回など定期的な分割での受け取りも認められるとの初めての判断を示しました(最高裁令和2年7月9日判決)。 

問題の所在

最高裁令和2年7月9日判決

事案の概要等

事故当時4歳だった男の子が,大型トラックにはねられ,脳に重い障害(高次脳機能障害等(後遺障害等級第3級3号))が残ったという事案で,被害者側は,保険会社や運転手らに対して,逸失利益の賠償について,一括払いではなく,18歳になってから67歳までの50年間,毎月一定額を支払うことを求めて訴えを提起した。

1審と2審は被害者側の訴えを認容し,保険会社らが上告していた。

本判決の要旨

交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めた場合,損害賠償制度の目的および理念に照らし相当と認められるときは,特段の事情がない限り,定期金賠償の対象となる。

    あくまでも支払いを受ける側(被害者)に選択権があることに注意。
    定期金賠償の対象となる損害項目は「後遺障害による逸失利益」です。

後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずる場合においても,その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したからといって,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,就労可能期間の終期が被害者の死亡時となるべきものではない。

    一時金賠償との公平性の観点から,
     被害者が死亡した時点で賠償を打ち切るべきではなく,死亡後も賠償義務は続くとしました。

定期の賠償を,現在価値に引き直した一括の賠償に変更する訴えを起こすことも検討に値するように思われる(裁判長の補足意見)。

定期金賠償のメリット・デメリット

定期金賠償には,メリットがある反面,デメリットもあるので,それを選択するについては,慎重な判断が求められます。

メリット

1 定期金賠償の場合,長期間にわたる運用益(中間利息)が控除されないため,
  一時金賠償に比べ,賠償金の総額がかなり多くなります。
 (これが定期金賠償を選択する一番の理由と思われます。)

   cf. 一時金賠償の賠償額の計算式は以下のとおりです。

      被害者の年収 × 労働能力喪失率 × ライプニッツ係数

     ライプニッツ係数は,将来の収入を保険金として一括で受け取ることになるため,
     運用益(中間利息)を控除するのに用いる数値です。
    (当然,就労可能期間の終期までの年数より小さな数値になります。)

2 その後の後遺障害の進行状況や賃金水準の変化に応じ,柔軟に条件を変更することが可能になります。

デメリット

1 支払義務者
 (①加害者(自動車運転者),②自動車保有会社若しくは加害者の使用者,③自動車付帯任意加入保険会社)
  の失踪や破産などといったその後の事情の変化で,
  回収困難な事態が発生する(支払いを受けられなくなる)リスク
があります。

2 被害者側も支払義務者側も,その後の支払管理が必要であり,
  事情変更の際に,再度,協議や訴訟提起を要するなど,一定の紛争,負担が継続します。
  すなわち,被害者にとっては一生涯,支払義務者側との紛争が続くという負担があります。

3 上記メリットの2は,逆にデメリットにもなり得ます。
  すなわち,将来的に平均賃金が上がれば被害者にとっては有利となりますが,
  逆に下がってしまえば受取額が減少するため不利益となってしまいます。

定期金賠償の選択基準

以上述べたところから,どのような場合に定期金賠償を選択したらよいのか,そして,どのような場合にそれが認められるのか,が自ずと明らかになってくると思います。

1 どのような場合に定期金賠償を選択したらよいのか

⑴ 定期金賠償は,将来の長期間にわたり一定金額の支払いを受け続けるものですから,何よりも支払義務者の支払能力が将来の長期間にわたって確かなものであることが大前提となります。

したがって,支払義務者の中に,加害者本人だけでなく,加害者を雇用している企業若しくは自動車を保有している企業,さらには保険会社が含まれていることが何よりも重要だといえます。

⑵ 被害者側が定期金賠償を選択した動機として,「全く働けない状況で生きていく場合,一時金賠償の額では不安が大きかった」ことを挙げています。

すなわち,定期金賠償の場合の賠償金の総額と運用益(中間利息)を控除した一時金賠償の額との差額が相当程度大きい場合,換言すれば,被害者が事故当時未成年者であるなど,定期金の受取期間が相当程度長期間にわたる場合であるということができます。

2 どのような場合に定期金賠償が認められるのか

前記最高裁判決は,「損害賠償制度の目的および理念に照らし相当と認められるとき」としていますが,上記1⑵で述べたところから推測するに,被害者が未成年者で後遺障害の等級の高いもの(3級以上)については,定期金賠償が認められやすいのではないでしょうか。

結び

最高裁令和2年7月9日判決は,被害者側の選択肢を広げるという意味で被害者救済にとってもちろん前進と言えますが,定期金賠償には,前記のとおりのメリット・デメリットがありますので,双方を十分に検討し,慎重に判断することをお勧めします。

以上

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