異質・非同一的なものの受容

弁護士 沼尻隆一

 

「同性婚には生産性がない」といった内容の議員の発言が世上,物議をかもしています。

 

婚姻など人の家族的・人間的結合を含む社会的諸活動の至る所で「生産性」や「経済的効率・合理性」を偏重する考え方は,もちろん日本にも以前から存在しましたが(例えば,優生思想にもとづく断種手術の強要など),特に,ナチス時代のドイツにおいて顕著にみられた社会思想でした。

その結果,同時期のドイツにおいては,知的障害者などは「生産性のない存在」として,ユダヤ人同様に,強制収容そして絶滅の対象とされたのです。

 

物議をかもした発言の背景にも,こういった社会思想と,基底を一つにするものがあるのではないかと思えてなりません。

 

さらにいえば,異質で雑多なものの存在は,経済的効率を阻害する要因と一般的に考えられがちですから,こういった社会思想は,異質なもの,非同一的なものを,自分たちの社会から排除する思想にも,結びつきやすいものと考えられます。

 

どこかで読んだ記憶があるのですが,前述のナチスドイツに加担した官僚が戦後,「どうしてあのようなひどい蛮行ができたのか」といった質問に対し,答えた内容が,次のとおり印象深いものでした。

 

「まず最初に,(一般のドイツ人とユダヤ人とを)区別した。あとは,簡単だった。」

 

このような,非同一的なものへの排除の構造や思想に対して,アドルノという社会科学者・哲学者は,その著書(否定弁証法)の中で,こういった内容のことを述べ,警鐘をならしています。

 

「自分に他者を同一化=結合させようとするとき,すべての悪の根源としての『暴力』が始動する。たとえば,異性愛以外を愛として認められない貧困な心は,同性愛者という『非同一的なもの』を怖れ,その抹殺を求める。ちょうどナチスがそうしたように。」

「私たちははたして『同一性の抑圧』から解放され,非同一的なもの=異質的なものを受容することができるのだろうか。」