青森地裁弘前支部・その2

弁護士 堀 哲郎

 

2004年春,埼玉県在住の人(原告)が,自分で,青森県弘前市在住の人(被告)を相手に,さいたま地方裁判所に貸金請求の訴えを起こしました。

すると,被告側から,移送の申立がなされ,事件(本件訴訟)を青森地方裁判所弘前支部に移送するよう求めてきました。

そこで,原告は,自身による訴訟追行を諦め(裁判所に諭されたようです。),当時の財団法人日本法津扶助協会の法律扶助制度(現在は,日本司法支援センター(法テラス)がその業務を引き継いでいます。)を利用し,弁護士を立てて(訴訟代理人として)訴訟追行することにしました。

 

本件訴訟は,原告の被告に対する貸金請求であり,義務履行地たる原告の住所地を管轄するさいたま地方裁判所に管轄権があることは明らかでした(民事訴訟法5条1号)。

一方,民事訴訟法17条は「第一審裁判所は,訴訟がその管轄に属する場合においても,当事者及び尋問を受けるべき証人の住所,使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して,訴訟の著しい遅滞を避け,又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは,申立により又は職権で,訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。」と規定しています。

本件の場合,被告本人に加え,証人尋問を予定している証人のすべてが青森県内に居住していることなどから,若干意見書のやりとりはあったものの,結果的には青森地裁弘前支部に移送する旨の決定がなされました。

 

以上が2度目の青森地裁弘前支部訪問に至った経緯ですが,事件が青森地裁弘前支部に移送された後は,実際に同裁判所を訪れたのは証拠調期日(証人尋問2名,原告本人質問,被告本人質問)の1度だけで,それ以外は電話会議で済ませたことは,松山地裁宇和島支部のときと同様です。

 

ところで,もし,被告側の移送申立が却下され,そのままさいたま地裁で審理されていたらどうだったでしょうか。

 

実際,本件では,原告側が証人申請した青森県在住の証人2名の証人尋問が実施されましたが,さいたま地裁で実施されていれば,この証人2名の旅費・日当は,とりあえずは原告が負担することになっていたはずです(最終的には敗訴者負担)。

然るに実際には,証人尋問を含む証拠調べは青森地裁弘前支部にて1度だけ実施されたわけですから,原告の負担は,証拠調べ期日における自分自身(原告本人質問のため出頭)及び訴訟代理人の交通費のみということで,前記証人2名の旅費・日当に比較しかなり安上がりでした。

こうしてみると,電話会議の導入は,移送申立の必要性を少なからず軽減したばかりか,それにも増して,国民の裁判を受ける権利の保障(憲法32条)に大いに貢献したものと評価することができると思います。

 

さて,1度目の青森地裁弘前支部訪問は,前回述べたとおり,1991年夏のことで,浦和地裁(現さいたま地裁)に係属していた強盗強姦被告事件の出張尋問のため,青森地裁弘前支部を訪れたわけですが,当時は東北新幹線が盛岡までしか開通しておらず,そのため目的地に到着するまで片道約7時間かかることから,前日から泊りがけで行くしかありませんでした。

もっとも,そのおかげで,前夜には,宿泊地大鰐温泉で催されたねぷた祭りを堪能することが出来たわけですが…。

 

これに対して,2度目は2005年3月のことで,東北新幹線が八戸まで延伸されていたため,目的地まで片道約5時間で辿り着くことが出来ました。

それだけに日帰りが可能なため,以下のとおりの強行軍となり,依頼者からは「何を言ってんだ!」と怒られそうですが,旅情を楽しむなどの余裕は全くありませんでした。

   8:34上野発 はやて5号

  11:31八戸着

 11:38八戸発 特急つがる5号

 13:07弘前着

 13:30~16:30青森地裁弘前支部(証拠調べ)

 16:57弘前バスターミナル発 高速バス(ヨーデル号)

 19:10盛岡着

 20:39盛岡発 はやて30号

 23:02上野着

 

以上,「青森地裁弘前支部」でした。

次回は,この地裁(家裁)支部シリーズを続けようかどうか,迷っています。

盛岡地裁花巻支部,福島地裁白河支部,新潟地裁長岡支部,新潟地裁三条支部,水戸地裁龍ヶ崎支部,水戸地裁下妻支部,宇都宮家裁足利支部,前橋地裁高崎支部,前橋家裁太田支部,千葉地裁佐倉支部,横浜家裁相模原支部,横浜家裁川崎支部,静岡家裁浜松支部など,題材はあるにはあるのですが…。