松山地裁宇和島支部

弁護士 堀 哲郎

 

2003年1月,埼玉県在住の女性から依頼され,原告訴訟代理人として,松山地方裁判所宇和島支部に離婚等請求訴訟を提起しました。

 

えっ,ちょっと待って,松山家庭裁判所宇和島支部の間違いではないの?

 

いいえ間違いではありません。

 

確かに現在では離婚等の人事訴訟は家庭裁判所の管轄(職分管轄)とされていますが,当時は訴訟であればすべて地方裁判所の管轄とされていたのです。

ちなみに,離婚等の家事調停は家庭裁判所の管轄,民事調停は原則として簡易裁判所(例外的に地方裁判所(農事調停等))の管轄とされています。

 

では,なぜ松山地裁宇和島支部なの?

 

当時,離婚訴訟の管轄は,「夫婦が最後の共通の住所を有した地の地方裁判所の管轄区域内に夫又は妻が住所を有するときは,その住所地」とされていました(現在では,夫又は妻の住所地とされています。したがって,本件のような問題は生ぜず,妻の住所地の裁判所に提訴することができますが,ただ,夫から移送の申立がなされると,それが認められる可能性が高いでしょう。)。

本件の依頼者は,もともと宇和島で結婚生活を送っていたのですが,夫との離婚を決意し,埼玉県内の実家に戻っていたのでした。

 

ところで,離婚事件の場合,いきなり訴訟を提起することはできず,その前に必ず家庭裁判所に調停(夫婦関係調整調停)の申立をしなければなりませんが(これを調停前置主義といいます。但し,相手方が行方不明の場合など,例外はあります。),その場合,管轄は,相手方の住所地を管轄する家庭裁判所ということになります。

そのため依頼者は,自分で,松山家裁宇和島支部に夫婦関係調整調停(離婚)の申立をしたのですが,相手方は1度も出頭せず,結局,調停は不成立に終わりました。

以上の経緯を経て,松山地裁宇和島支部に離婚等請求訴訟を提起した次第です。

 

さて,2003年1月に提訴した本件訴訟は,2004年4月,離婚はもちろん,子の親権,養育費,財産分与,慰謝料も含め,全面的な勝訴判決が言い渡され,確定しました(但し,任意の履行がなされず,強制執行を余儀なくされました(最終的には任意の履行がなされています。)。)。

この間,実際に松山地裁宇和島支部を訪れたのは,2004年3月の証拠調べ(証人尋問,原・被告双方本人質問)期日の1度だけでした。

えぇっ!そんなことってあるの?と思われるかもしれませんが,まぎれもない事実です。

 

当時,すでに電話会議による弁論準備手続期日の方式が導入されており,必ずしも期日に出頭しなければならないことはなかったのですが,それでも第1回口頭弁論期日には,原告側は必ず出頭するのが通例かつ常識でした。

法廷で訴状を陳述して初めて裁判が始まるからです(言ってみれば,儀式みたいなものです。)。

ちなみに,以前にも述べましたが,被告側は事前に答弁書を提出しておけば,答弁書の擬制陳述ということで手続が進められますので,欠席してもいっこうに差し障りありませんし,むしろ欠席するのが通例となっています。

にもかかわらず,原告訴訟代理人たる私は第1回口頭弁論期日に出頭しませんでした。

種明かしをすると,地元宇和島の弁護士が被告の訴訟代理人に就き,事前に答弁書を提出するとともに,第1回口頭弁論期日には出頭する旨の連絡が入りました。

そこで,被告訴訟代理人及び裁判所にお願いし,第1回口頭弁論期日は訴状の擬制陳述ということで手続を進めてもらった次第です。

 

すなわち,どちらか一方の当事者が出頭すれば手続は進められるのですが,通常は,被告側は不出頭か,あるいは出頭するかどうか分かりませんので,原告側としては出頭せざるを得ないのが実状なのです。

それでも,交通費等の実費は依頼者の負担となるため,依頼者の代理人たる弁護士としては,訴訟の勝ち負けだけでなく,出来る限り依頼者の負担を軽くする努力が求められるのです。

弁護士として27年間,これまで数多くの訴訟を手掛けてきましたが,原告訴訟代理人として,第1回口頭弁論期日に欠席したのは,後にも先にも,このとき1度かぎりです。

この事件も,相手方代理人に恵まれた事件の1つということができます。

 

さて,松山地裁宇和島支部へは,羽田空港から飛行機で松山空港に行き(約1時間40分のフライト),松山空港からバスで10分足らずでJR松山駅に,松山駅から特急で約1時間30分,JR宇和島駅で下車し,そこから徒歩約10分で到着した記憶です。

 

宇和島は,真珠の養殖で有名であるなど(日本一と聞いています。),見所は沢山ありますが,裁判(証人尋問等)で訪れたこのときは,時間的にも精神的にもあまり余裕がなく,桜満開の宇和島城を訪れるに止まりました。

宇和島城は,藤堂高虎の設計(なわばり)によるものですが,その後,仙台藩の藩主伊達政宗の長子伊達秀宗が,仙台藩の支藩宇和島藩の藩主として入城したお城だそうです。

 

詳しくは,

南伊予・西土佐の道(街道をゆく14) 司馬遼太郎 朝日文芸文庫

をお読み下さい。

 

以上,「松山地裁宇和島支部」でした。

次回は,刑事事件で1度,民事事件で1度訪れたことのある青森地裁弘前支部にしようと思っています。