奈良地裁葛城支部

弁護士 堀 哲郎

 

今からちょうど20年前の1997年7月,ある民事事件で奈良地方裁判所葛城支部に訴え(訴訟)が提起されました。

 

民事事件で訴えられた人のことを「被告」と言いますが,報道機関等が,刑事事件の被告人を「被告」と表現することから(なぜ,正確に「被告人」と表記しないのか,常々疑問に思っています。),何か悪いイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか。

しかし,決してそうではなく,民事事件の「被告」は,文字通り「訴えられた人」を意味し,それ以上でもそれ以下でもありません。

ちなみに,民事事件で訴えを提起した人のことは「原告」と言います。

 

さて,本件の被告は東京都在住の人で,この人からの依頼により,被告訴訟代理人として,同年10月から翌1998年9月まで奈良地裁葛城支部に通うことになった次第です。

第1回口頭弁論期日は1997年8月でしたが,実際には出頭せず,答弁書の擬制陳述で済ませました(被告は,事前に答弁書を提出しておけば,第1回期日に欠席しても,欠席判決にはならないのです。)

そして,第2回口頭弁論期日の同年10月から,口頭弁論終結期日(いわゆる結審)の1998年9月までの間,合計4度実際に奈良地裁葛城支部を訪れました。

この間,何回かは電話会議が実施されたと記憶しています。

結審後,判決の言渡し期日が同年11月にありましたが,慣例に従い出頭しませんでした。

後日,判決書が,特別送達という手続により送られてくるからです。

ちなみに,この判決に対しては,双方が控訴し(判決送達の日の翌日から起算して14日以内が控訴申立期間です。),最終的には大阪高等裁判所にて裁判上の和解が成立しました。

 

奈良地裁葛城支部は,①近鉄大阪線大和高田駅から徒歩約15分,②近鉄南大阪線高田市駅から徒歩約20分,③JR和歌山線髙田駅から徒歩約8分のところにあります。

このうち,京都から向かう関係上(もちろん,東京から京都までは新幹線です。),①か②のルートを辿りました。

すなわち,京都から近鉄橿原線で大和八木駅まで行き,そこで近鉄大阪線に乗り換えて大和高田駅で下車して,裁判所まで約15分歩いて行くか,京都から近鉄橿原線で橿原神宮前駅まで行き,そこで近鉄南大阪線に乗り換えて高田市駅で下車し,裁判所まで約20分歩いて行くかしていました。

もっとも,後者のほうが歩く時間が長いのですが,橿原神宮前駅の駅前にあるビジネスホテルを定宿としていたため,ほとんど後者のルートを辿りました。

 

橿原神宮前駅から明日香村入口まで徒歩で約15分ですが,これが,明日香村の魅力にとり憑かれ,以後,明日香村を何度も巡る契機となったことは,これまで本ブログで繰り返し述べてきました。

すなわち,橿原神宮前駅を徒歩で出発し,概ね5~6時間かけて数々の古代史跡(孝元天皇陵,豊浦宮跡,甘樫丘,浄御原宮跡,水落遺跡,蘇我入鹿首塚,飛鳥寺,酒船石,岡寺,亀形石造物遺構,石舞台古墳,橘寺,川原寺跡,亀石,天武・持統天皇陵,高松塚古墳etc.)を巡り,近鉄南大阪線飛鳥駅に辿り着くというものです。

 

ところで,1997年10月に奈良地裁葛城支部を初めて訪れたときは,明日香村を巡る余裕などなく,橿原神宮前駅周辺を2時間ほどかけて散策しただけでした。

久米寺,橿原神宮,イトクの森古墳と巡り,畝傍山の麓に至ると,「殉國之碑」というものがあり,その右隣に零式艦上戦闘機の模型が飾ってありました。

また,左隣には「航空母艦瑞嶋之碑」というのもありました。

想わずその場に佇んでいると,背後から,「(どなたかの)所縁のひとですか」と声をかけられました。

振り向くと,気品のある老人が微笑んで立っていました。

「いえ,偶々通りかかった者ですが。」と答えると,老人は,何を思ったのか,「これは,(特攻隊員が)出撃前に酌み交した盃ですが,あなたにさしあげます。」と言って,「金鵄盃」と銘打ち,真ん中に金鵄をあしらった盃を手渡してきました。

そして,このあと,老人と別れ,近くの神武天皇陵に向かったのでした。

 

当時で戦後52年だったでしょうか,不思議な感動とともに,何故か日本国憲法第9条に思いを馳せたことを覚えています。

なお,老人からもらった盃は今も書棚に大切に陳列して保管してあります。

もっとも,東日本大震災のとき,書棚から床に落下して真っ二つに割れてしまったので,今は接着剤でくっつけて修復してあります。

ちなみに,特攻隊員は,出撃前,別盃を酌み交わし,その盃を割ってから出撃していったとのことです。

また,金鵄とは,日本書紀に登場する金色の鵄のことです。

日本書紀によれば,初代神武天皇が,即位する前,神武東征の最終局面として長髄彦と戦っている最中,金色の霊鵄が飛んできて神武の弓に止まるや,その体から発する光で長髄彦軍の兵たちの目がくらみ,神武軍が勝利することができたとされています。

 

以上,奈良地裁葛城支部に関わるお話しでした。

次回は,長崎地裁平戸支部に触れてみたいと思っています。