弁護士 水口 匠 / Takumi MIZUGUCHI
遺産相続のトラブルをできる限り回避するための有効な手段として,遺言(「いごん」と読みます)を残しておくことが挙げられます。
しかし,一口に「遺言」といっても,いろいろな種類がありますし,遺言を作っても,その作り方を間違えるとかえって新しいトラブルを生み出すことにもなりかねません。
そこで,今回は,この遺言制度の基本について,紹介します。
まず,そもそも遺言とは何でしょうか。
法律上の遺言とは,一口に言えば,
「自分の死亡とともに,身分上または財産上の法的効力を発生させる目的で行う単独の意思表示」
ということになります。
つまり,自分の死によって,自分の財産が誰に引き継がれるか,あるいは自分の身分に関する法律関係などといった法律的な効力を生み出すものということになります。
ですから,例えば「自分の死後は,兄弟仲良くしてほしい」という言葉を残してお亡くなりになった場合,それは単に自分の気持ちを書いたものですので,法律上の遺言には当たりません。
また,「単独の意思表示」であるため,他人の同意を条件にして遺言をすることや,自分の代わりに誰かが自分の遺言を残しておくということもできません。
もちろん,弁護士に頼んで遺言書を作ってもらうことはできますし,よくあることですが,弁護士が作成するのは,あくまで遺言書の「案」であって,遺言者はその内容をしっかりと吟味し,自分の遺言として自分の名前で完成させなければならないのです。
それでは,この遺言は,誰でも残すことができるのでしょうか。
この,人が遺言をするために,備わっている必要がある条件のことを,「遺言能力」といいます。
遺言能力について,法律では,15歳以上であることだけを求めていて,その他は規定していません。
ですから,たとえ成年後見の審判を受けている方であっても,そのことだけで遺言ができなくなるということはありません(ただし,成年被後見人が遺言をする際には,医師の立ち会いを必要としています)。
それだけ,人生の最期の言葉を尊重するという姿勢を法律が示しているといえます。
もっとも,遺言をする際に,遺言の内容が理解できる状態でなかったのであれば,実質的に遺言を残したことにはなりませんので,その遺言は無効になります。
この遺言の内容が理解できる能力のことを,「事理弁識能力(じりべんしきのうりょく)」といいます。
遺言は,その人の最期の言葉として,その財産関係や身分関係に大きな変化をもたらすものですので,いい加減に作られたのでは,果たしてそれが遺言者の真意で作られたものかどうかが分からなくなってしまいます。
そこで,遺言を作成する際の方式について,法律は厳格に規定し,その方式に反して作成された遺言は無効とされます。
実務では,遺言が有効か無効かを争う裁判も多く提起されており,そうなると,せっかく相続での紛争を回避するために作成された遺言が,かえって新しい紛争を巻き起こすという結果を招いてしまったともいえます。
また,遺言には法律上,いくつかの種類が認められています。
それでは,遺言にはどのような種類があるのか,また,それぞれの遺言には,どのような方式で書くことが義務づけられているかを紹介していきます。
自筆証書遺言とは,一番オーソドックスな遺言で,遺言者が自分の手で作る遺言のことを言います。
この自筆証書遺言を作成する際には,次のような方式によることが必要とされています。
そのほか,守らなければ無効となるわけではありませんが,後々の紛争を避けるため,遺言書を作成した後は封書して,特別な場所に保管しておいた方がよいでしょう。
また,同様に後々の紛争を避けるため,遺言書が2枚以上になった場合には,契印をしておいたほうがよいでしょう。
公正証書遺言とは,遺言の作成に,公証人という公正証書作成の専門家が関与し,公正証書の形にする遺言をいいます。公証人が入ることによって,後で遺言の有効性について争いになるといったトラブルを回避するために非常に有意義になります。
公正証書遺言には,次のような方式が規定されています。
なお,公正証書遺言を作成するには手数料がかかりますが,その額は遺産の額によって変わってきます。詳しくはお近くの公証センターにお問い合わせください。
秘密証書遺言とは,遺言の内容を遺言者が亡くなるまで秘密にしておくことを目的とした遺言です。生前に遺言の内容が明らかになることで紛争が生じるということを防止するために認められている遺言です。
秘密証書遺言には,次のような方式が規定されています。
以上
その他にも,特別な遺言として,一般危急時遺言,難船危急時遺言,一般隔絶地遺言,船舶隔絶地遺言などが法律上規定されています。
このように,遺言を作成する際には,厳格な方式があり,これらに一つでも不備があると原則として無効になってしまいます。
中でも,公正証書遺言はその作成の主要部分に公証人が関与するので方式の不備の心配は少ないですが,他の遺言の場合には特に注意が必要になります。
では,一度作成した遺言を取り消したい,または内容を変更させたいというときにはどうすればよいでしょうか。
遺言の撤回について,法律では,「いつでもその全部または一部を撤回できる」と規定しています。
つまり,遺言能力のある遺言者が,遺言作成の方式に従えば,いつでも取り消したり変更したりすることができるのです。
また,作成時期が異なる2つ以上の遺言があり,その内容が抵触するときは,その抵触部分については撤回されたものとみなされ,後に作られた遺言が真の遺言として扱われます。
もっとも,一見有効な2つ以上の遺言があることは,後々紛争の種にもなりますので,撤回するときには,次のような点に注意しましょう。
遺言は,相続のトラブルを避けるためにとても有効な手段であることに間違いはありませんが,その作り方について注意が必要でもあります。
遺言を作ろうと考えている方で,少しでも不安や心配事があれば,まずは弁護士に相談することをお勧めします。
以上